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青嵐俳談

公開日:2024.03.01

[青嵐俳談]神野紗希選

 来るべきポストヒューマンの時代にはどのような感性が生まれるか。たとえば人間ではないものへの親近感。それでも人間的なものを手放さない矜持。

 【天】

信仰と侵攻の距離みづ温む愛媛大  岡田快維

 イスラエルのガザ侵攻には宗教=信仰の問題も根深く絡む。かといって信仰を持つ皆が侵攻に至るわけでもない。「しんこう」の音の共通を見出しつつ「距離」を可視化することで複雑な現状を鋭く問うた。季語の明るさがアイロニカルに人間の闇を浮き彫りにする。同時作〈春雷や綿の抜かれたぬいぐるみ〉も、皮だけになったぬいぐるみの放心が胸を締めつける。

 【地】

天国を信じる春の雪だるま東京  池田宏陸

鯨よ君はどう生きてきましたか四国中央医療福祉総合学院  坂本梨帆

 宏陸さん、春の雪だるまはずぶずぶと陽のまぶしさに溶けてゆく。あとは天国のような光の氾濫。信じることの一途と切なさと。梨帆さん、「君」の親しい呼びかけは鯨を対等に思うからこそ。鯨の生き方を問う眼は、まっすぐに人間の生き方も問うている。

 【人】

コンビニを建てる仕事や冬の梅自由学園  有野水都

バレンタインデーのビュッフェの眠気かな千葉 平良嘉列乙

 水都さん、コンビニの無機質な骨組みは、冬の梅の幹が際立つ清らかさと通い合う。嘉列乙さん、眠気に展開するのが意外で面白い。きらびやかな空間でふと夢の中を漂う感覚に陥る気分には、納得感もある。

 【入選】

浅春の樹液の珠のつめたさよ神奈川   岡一夏

初恋の同人誌めく二月かな同  高田祥聖

くくと通す昆虫針や雪催茨城   眩む凡

流氷来カムイの肩を鳴らすかに北海道 北野きのこ

バカラック忌雨はしずかに転調す秋田  吉行直人

ひび割れの地球ヒヤシンスの不動洛南高   久磨瑠

雪達磨能登の方角向いてをり新潟  酒井春棋

春灯を分け合う産科呼吸器科名古屋大   磐田小

雪を見ませうジョン・ケージを流しませう神奈川 沼野大統領

初虹や心臓の水肺の水西予    えな

梅咲いて星と間違はれる我が名兵庫  林山任昂

龍角散のど飴すっとして初春岡山   杉沢藍

愛の日の電気ケトルが壊れてる静岡 桃園ユキチ

ホットココアきみって雪の匂いする神奈川 にゃじろう

液晶に Now Loading 虎落笛東京 阿部八富利

春立つや指先にクッキーの匂い八幡浜    春乃

減災へ蝋燭灯す冬北斗今治西高 田頭幸太郎

靴紐が切れて練習終わる寒同  諸戸周作

春星やことばに救われるわれら松山    或人

 【嵐を呼ぶ一句】

法律やいつのまにか蝌蚪増へてゐる洛南高  河本高秀

 「法律や」の入りに驚いた。わらわらと生まれる蝌蚪のように、法律も知らないところで増えてうごめくか。具象を介し、現代への風刺を軽やかに述べた。

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