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青嵐俳談

公開日:2024.02.16

[青嵐俳談]神野紗希選

 今年も花粉症の薬を飲み始めたので、日中もぼんやり眠い。朝寝、春眠、春の夢。眠たい春を体感しているのだと言い聞かせ、うとうとと言葉を手繰る。

 【天】

自動車に自転車仕舞ひ近松忌甲府南高  斉藤巻繊

 近松門左衛門の忌日は陰暦十一月二十二日。人間の悲喜こもごもを歌舞伎や浄瑠璃の脚本に仕立てた。人間的なドラマを想起させる近松忌に対し、自動車のトランクに自転車をしまう現代のドライでソリッドな風景を取り合わせたことで、コントラストが強く迫る。

 【地】

雪時雨の京都 後回しの主文東温  高尾里甫

冬の霧CGになりたき身体神奈川 にゃじろう

 里甫さん、京アニ放火事件の京都地裁の死刑判決だろう。雪時雨に被害者の無念が滲む。時代を記録する俳句もあって然るべき。にゃじろうさん、CGの肢体はすらりと細い。コスプレの文化も、目指すのは身体の二次元化だ。冬の霧の茫漠に、CGの世界の手触りなき果てしなさを思う。

 【人】

推し燃えて手袋じゃ触れない顔大阪   未来羽

善い氷柱で悪い氷柱を撲ち落とす同   葉村直

 未来羽さん、この「燃えて」は話題が炎上するという意味だろう。画面越しの顔、傷つくその人に直接触れられないことのもどかしさを、手袋の隔てる手触りを介して記した。直さん、氷柱に善悪の差異があると決めつけることへの違和が、正義を振りかざす傲慢を強調する。氷柱を人間に置き換えるとどうか。

 【入選】

馬の目に光吸はれて今朝の春松山   川又夕

裸木よここがおまへの真正面神奈川  高田祥聖

研究を終えてココアの滑らかさ大分大院  鶴田侑己

ラーメンズのDVDと晦日蕎麦秋田  吉行直人

雪起こしあるいは森林の動悸洛南高  河本高秀

春日傘黒く初恋至上主義日本航空高  光峯霏々

樹形図のここが私で梅ひらく松山  近藤幽慶

晩冬や壁一面に付箋貼り東雲女子大  田頭京花

ぽっぺんが萎むみたいに恥ずかしい長野   里山子

冬暑しマンモスの牙の出づる崖同   藤雪陽

ウミユリの海底神殿月凍る京都共栄学園    鯛石

外泊の許可のおりたる寒卵東京  高橋実里

冬尽くや硬く解けるプレッツェル同  コンフィ

神話の世のぞいてみたら寒茜今治   京の彩

小指より繋ぐ手話の手息白し愛媛大   岡崎唯

年新たどの会話にも感嘆符日本女子大  新谷桜子

悲しみの深いところに冬菫四国中央医療福祉総合学院 坂本梨帆

被害者の鯨が背伸びしておりぬ広島大    白石孝成

日常を括弧に入れて探梅行埼玉     伊藤映雪

朧夜やアロエぎちぎちまだ伸びる三重     多々良海月

 【嵐を呼ぶ一句】

後日譚語るエルフの 息白し西条   広瀬康

 漫画「葬送のフリーレン」は、魔王を倒した後日譚から始まる。主人公のエルフは長寿で、ともに戦った人間の死を見送り旅を続ける。白息は生きている証。エルフという幻想の存在を、季語が肉体化した。

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