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青嵐俳談

公開日:2024.02.09

[青嵐俳談]森川大和選

 明代の詩人高啓は〈渡水復渡水 看花還看花 春風江上路 不覚到君家〉と残した(「尋胡隠君」より)。太湖に臨む水の蘇州。春光の湖沼と運河。桃や杏の万朶(ばんだ)。長江渡る風の道に、友人の隠者を訪う。高官への推挙を辞した高啓が、詩中に桃源郷の道中のように詠い、求め続けたものとは。仙境か無為への帰一か。一身一生を誘う、純然たるあくがれの尊さ。

 【天】

寒禽や五言絶句の野を行けり神奈川  高田祥聖

 枯淡なる野にあり我は。「寒禽」が得た進化の結晶美のごとく、展開の劇的な「五言絶句」の「野」に住まう一個性であるために、削ぎ切ってきたものの数々。潔く、弛まず、澄んでしなやかに、瑞々しく、だから濃くあり我は。言霊の切り立つ人生の碑である。

 【地】

カップ麺にゐる阪神忌の黙愛知 樹海ソース

 「ある」でなく「ゐる」の近さ。「に」の字余り、「ゐる」の後と「黙」の前の間隙の字足らず。個々の傷に生まれ、余っては、足りぬ言葉。後々までも満ちぬ思い。同時作〈山茶花の坂や新聞あと三軒〉は、配達の冬闇に浮かぶ、街灯下の山茶花と白い息の交歓。

 【人】

冬銀河消化器官を記述せよ大阪 高遠みかみ

 胃肝胆膵脾十二指小大盲。水金地火木土天海に似ている。一説に大腸には一千兆個の常在菌がいるというから地球の生態系さながら。遠近大小の呼応に俳味。

 【入選】

春光へ伸ばした腕が尾根になる大阪   未来羽

山々へ闇の凭れて兎は火茨城   眩む凡

晩冬の木に触れたれば風の亜種東京  早田駒斗

木は材となりて黒々雪の宿千葉 平良嘉列乙

すぐ終わる未来の話雪女東京  池田宏陸

深雪やガムシロップの沈みをり弘前大  葛城イブ

畳縁踏まずなまはげ子を攫う秋田  吉行直人

冬空の白光グッピーの蛍光沖縄 南風の記憶

海底の教師が雲丹に触れてゐた洛南高  河本高秀

臍の緒の繋がりに似て一月は松山  若狭昭宏

寒雁を追ふ切り株を踏み台に洛南高   久磨瑠

或る星は光年先や浜千鳥西条   広瀬康

のどけしやこれでも探知犬なんです三重 多々良海月

味噌煮込みうどんの沼や準特急長野   里山子

やけに曲がる発音記号春浅し松山   川又夕

弟のホルンに榾の火のしづか名古屋大   磐田小

吾も汝も心臓一つ寒卵静岡 桃園ユキチ

声涙に血の香帯びたる寒ざらへ京都  佐野瑞季

トンネル長し狐火を見し日より東京 阿部八富利

ストレートネックで啜る晦日蕎麦四国中央医療福祉総合学院  坂本梨帆

 【嵐を呼ぶ一句】

動詞みなとどまる街を冬の月京都大   武田歩

 何かに繋がるために人は留まり、動き、眠らぬ街のパズルを埋める。冬月の濃厚な光が、動詞を濡らす。

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