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青嵐俳談

公開日:2024.02.10

[2023年 青嵐俳談大賞]神野紗希選・森川大和選

 愛媛新聞文化面の若者向け俳句投稿欄「青嵐俳談」の2023年の掲載句から優れた作品を選ぶ第6回「青嵐俳談大賞」の受賞作17点が決まった。最高賞の「青嵐大賞」には、広瀬康さん(西条市)=神野紗希選=と高田祥聖さん(神奈川県)=森川大和選=が選ばれた。受賞句と両選者の選評を紹介する。

 【青嵐大賞(神野紗希選)】

晦冥の水より生まれ火が恋し西条    広瀬康

 【青嵐大賞(森川大和選)】

どの花も一字違ひや大花野神奈川   高田祥聖

 【優秀賞(神野選)】

眼差しは万有引力鯨飛ぶ静岡    真冬峰

パートナーシップ制度冷し中華に偽の蟹岡山     ギル

 【優秀賞(森川選)】

沖縄やまとめ売らるる水鉄砲大阪    葉村直

鰯引く腕のゲバラの膨れたる長野    藤雪陽

 【春嵐賞】

黒田杏子に逢いたし鬼薇苦し長野    里山子

 【入賞(神野選)】

日向ぼこしようよいなくならないで東雲女子大   坂本梨帆

やさしい火恋し国連決議案千葉  平良嘉列乙

ライオンに喰はれて銀河指す脊骨大阪    未来羽

草笛を栞にすることもできる愛媛大   岡田快維

行く春をみづの夢みてバオバブは神奈川 はせがわ水素

 【入賞(森川選)】

瞳とふ地底湖葛原妙子の忌秋田   吉行直人

けん玉の皿黒づみて海猫渡る洛南高    久磨瑠

月今宵愛も理論も惜字炉へ東工大   長田志貫

朝四時の包丁始め息を吸う静岡  桃園ユキチ

バイソンの万の頭蓋や星月夜茨城    眩む凡

※肩書などは作品発表時のものです

 

選評

神野紗希

 巨視的に世を見渡すマクロの意識と今ここにある一個の命を凝視するミクロの意識が共存し、力強く生を肯定する句に、現代を切り拓く可能性を強く感じた。

 大賞作は、生命の芯を陰影深く捉え切った。晦冥の真暗がりは、羊水に浮かぶ未生の時間を物語る。その闇の記憶が凝(こご)るから人は火を恋うのだと、意識以前の渇望を掬い上げた。人類史における火の重要性も、この句を巨きくしている。康さんは〈冬眠の鼓動のどれも無伴奏〉〈闘牛が仮想現実砕きけり〉など、鋭く深く本質を抉り出す作家だ。

 優秀賞1作目、宇宙の法則に人間の意志たる眼差しを重ね、鯨の命をほとばしらせた。私と鯨の引き合う力が眩しい。〈情動の終わりのように雪の崖〉〈桃もろもろ脆くて君も物語〉、繊細な感情の襞を形象化できる誠実な作者。優秀作2作目は現代日本の矛盾を突いた。現行の法律の不備を埋める制度だが、同性婚を認めない現状は同じ。カニカマを「偽の蟹」と称して欺瞞をあぶり出す。〈水滴をつなげて蝶になる角度〉〈かゆさうにグラスを垂るるパフェや夏〉、既存の枠にとらわれぬ自由な言葉が魅力だ。

 入賞。梨帆さんは愛の人。苦難の時代になお人間であるとはどういうことか、日溜りの愛を言葉に込めて体現する。嘉列乙さんは言葉が現実以上の真実をあぶり出すことをよく知る人。やさしい火の対極に、戦火や原発の火がくすぶる。未来羽さんはますます言葉に脂がのってきた。喰われてなお生命の力強さを失わぬ背骨、底から力が湧き上がる。このまま書き続けて。快維さんは現代の切実をすらりと仕立てる。草笛を栞にするという奇想の底に、損なわれる草笛の哀しみを潜ませて。水素さんは俳句の生理と詩性の止揚を大胆に成し遂げる人。句柄の大きさ、視野の広さも頼もしい。

 

森川大和

 大賞の高田祥聖さんは、現代に生きる違和感を繊細に刻み、自己の輪郭を丁寧に残す作家。大賞句は花野の花野然とした表層を疑い、記号化されぬ個々の私性へ迫らんとする。〈日傘さす男でござい文句あつか〉の居直った物言い。驚き、一笑いした後、魂の叫びがしみじみ伝わる。〈紙の香の即身仏や山桜〉に見る光と匂いと質感の感性。

 優秀賞の葉村直さんは、物の描き方に我慢が効き、韻から詩が滲む。受賞句は中七が琉球・沖縄の悲哀を象徴する。〈忘却や遅日てふ字にゐる羊〉の機知、〈積木みな剝げて木のいろ百千鳥〉の跳躍、〈爽やかや我の視界に我はゐず〉の捨象など、技に幅がある。

 藤雪陽さんは、詠む題材の捻りが面白い。受賞句は描写力に富む。漁師の生き様を腕のタトゥーに鋭く託した。〈ドードーのページに栞みどりの日〉には絶滅種への浪漫。〈月影のフボー御嶽や処女の唄〉や〈ダルヴァザの穴へ夜雨や天使祭〉は嵐さながらの活力。

 春嵐賞の里山子さんは、柔らかな溜め息のように、小さな声で呟く口語表現が魅力。例えば〈唇をほどけよ勇気出せよ蝌蚪〉の優しい湿度。受賞句は、黒田先生を鬼薇に重ねた大胆な俳味。溌剌と直言する故人の人柄を偲ぶ、哀惜と畏敬の念が句の背骨にある。

 入賞の吉行さんは短歌界の「幻視の女王」に重ね、誰もが地底湖を持ち、表現者の可能性を宿すと示唆する。久磨瑠さんは正統派の作り。モノに宿る記憶を感受し、季語に飛躍させる爽快感。長田さんは惜字炉に手柄。恋文や学術書を惜しみつつ焼いた中国の思想を引き寄せる浪漫。桃園さんは去年の夜の艶を微かに残す、元旦の厨の清冽さを尊く描く。眩む凡さんは獣脈打ち疾駆する今ここと、泰然と流転する森羅万象の久遠無辺を共鳴させる。

 

【合評会のご案内】

 3月2日午後3時から、松山市大手町1丁目の愛媛新聞社で受賞作の合評会を開催します。オンラインでの参加もできます。選者の神野紗希さんと森川大和さんを中心に、作者や投稿者、一般読者などが語り合う会です。

 参加希望者は氏名(俳号)、電話番号、参加方法(来場かオンライン)を明記し、メールでお申し込みください。会場の定員は先着20人です。問い合わせ、申し込みは青嵐俳談係=メール bunka@ehime-no.co.jp

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