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青嵐俳談

公開日:2023.10.27

[青嵐俳談]神野紗希選

 〈この冷えは魚のたましい十三夜 高野ムツオ〉。今日は十三夜。ずいぶん夜も冷えてきた。欠けた月の光を愛でれば、秋の深まりに風もしんしんと荒ぶか。

 【天】

出生前・生後・生前・死後・零余子京都 斎藤よひら

稲刈の背に翼なき我らかな西条   広瀬康

 よひらさん、人が生まれて死ぬその後先を、名詞をずらりと並べて示した。最後の零余子が「せいご」「しご」「むかご」と「ご」の脚韻を踏み、真面目な文脈を脱臼して諧謔を放つ。と同時に、蔓をぽろぽろこぼれる零余子の姿が、此岸と彼岸を行き来する魂を形象化する。康さん、人間に翼はない。それゆえに耕し、育て、稲を刈る。こぼれた稲に集まる雀を眩しく見やりつつ、人間は人間として、今生を全うする。

 【地】

綴られて詩に重力や鬼胡桃神奈川 はせがわ水素

白桃をこころの予備と思ふなり大阪   ゲンジ

 水素さん、人間を介して綴られた詩に、重みを見出した。決して大げさではなく、鬼胡桃のように、てのひらになじむ重力。ゲンジさん、もし心が壊れても、白桃で補完できるなら。デリケートな白桃を予備と呼ぶことで、心がいかにナイーブかを体感する。

 【人】

靴底は舟のかたちや花芒洛南高   久磨瑠

 靴底を舟のかたちと捉えた発見が光る。季語もよい。靴を履き、舟のように滑らかに、芒野を進む。

 【入選】

秋思を自己管理せよといふ研修兵庫  西村柚紀

火恋し工具箱へと戻す尺大阪   葉村直

新しき眼鏡に枯野教えけり秋田  吉行直人

金木犀風刺画の話を友は自由学園女子高  有野水都

瞳の奥がドーナツみたい海猫渡る洛南高    転々

せよ/しなさい多き詩編よ鵙の贄神奈川 沼野大統領

溜め息を聖歌とすれば金木犀ノートルダム清心女子大 羽藤れいな

さあおいで平安京の満月よ今治   京の彩

秋高し胎児の魚類終へし頃弘前大  佐藤木霊

色変へぬ松や眼球疼くなり東京  加藤右馬

秋の雨子の育つだけ母老いる熊本  貴田雄介

名前だけの名刺きらきら猫じゃらし長野   里山子

ピザ広げYOASOBI聴きながら月見愛知 樹海ソース

貸すために買つた小説秋つばめ茨城   眩む凡

滴りや盲導犬の浅眠り愛媛大    桜屋

秋風に尖塔細りゆくケルン神奈川 にゃじろう

身に入むや吾子が毎回泣くページ岡山   杉沢藍

 【あと一歩 青葉のスゝメ】

秋深し金平糖の甘さ増し東雲女子大  田頭京花

いちじくタルト根は優しいと言われても神奈川 いかちゃん

 俳句は説明しすぎると読者の想像を狭める。京花さんは「増し」が変化を強調し過剰に。〈秋深き金平糖の甘さかな〉等、甘さのみでOK。いかちゃんは「も」の逆接に思いが出すぎる。〈いちじくタルト根は優しいと励まされ〉等、動詞の選択も含め検討したい。

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