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青嵐俳談

公開日:2023.06.23

[青嵐俳談]神野紗希選

 俳句のもととなった連句には「自」「他」「場」の縛りがある。「自」は一人称、「他」は三人称、「場」は人間の出てこない風景などを詠んだ句を指す。つまり、俳句も一人称と限らなくてよい。三人称小説があるように、俳句も自由に素材や語り方を選んでいい。

 【天】

冷房やホワイトボード色の未来大阪   未来羽

 白は本来あふれる可能性を語る色だが、ホワイトボードになぞらえた未来は、のっぺりつやつやして奥行きがない。冷房が、無機質な空間を強調する。

 【地】

香水や棒高跳びのような恋秋田  吉行直人

星の名を紡ぐしりとり青蜥蜴神奈川  ノセミコ

 直人さん、棒高跳びみたいに、エイヤッと挑戦する恋。楽しく真面目な比喩が、香水の華やかさ、真剣さを引き出す。ノセミコさん、素敵なしりとり。緑蔭にきらりと光る青蜥蜴が、宇宙の星のかけらのよう。

 【人】

海月よけながら六本木を歩く千葉 平良嘉列乙

泣き暮らす部屋欲し蛍袋欲し神奈川 はせがわ水素

 嘉列乙さん、雑踏の人が海月に見えているか。ぼんやり発光して漂う海月。私もまた都会を漂う。水素さん、泣き暮らすための「部屋」が欲しいという発想がユニーク。雨の似合う蛍袋は、涙にもきっと優しい。

 【入選】

サイダーの泡メタバースより帰還西条   広瀬康

蝸牛はきっと丸眼鏡が似合う日本航空高  光峯霏々

廃船の錆ほろほろと海月かな松山   川又夕

玉繭の中は真つ暗てふ光大阪   葉村直

一人だけ赦されし子の濃紫陽花松山  若狭昭宏

指揮棒はゑのこ草なりガーシュウィン東京 阿部八富利

ハンカチや海の地平がにはかに弧同  早田駒斗

ごろごろと朱夏を煮込むやラタトゥイユ三重 多々良海月

知らぬ間についた負けぐせ蟇静岡 桃園ユキチ

夏の灯やまあだだよ待ち母を待ち西予    えな

正しさを切り売りしたる蚯蚓かな神奈川  高田祥聖

黒板の消しの粗さや梅雨に入る立命館大   乾岳人

山国の寿司屋激混み夏の空長野   里山子

夜来香獣の臭いするピエロ東温  高尾里甫

風薫るハーバリウムをバトンとす四国中央医療福祉総合学院  坂本梨帆

固形入浴剤夏至ノ密告者ノートルダム清心女子大 羽藤れいな

反魂終へて花栗の中にゐる神奈川 沼野大統領

先生の夏の匂ひのする部分愛媛大  岡田快維

告白をできないでいる俺の夏順天堂大  森優心郎

原爆死没者名簿にあいの風熊本  貴田雄介

スカスカの大講義室春惜しむ弘前大    イブ

 【あと一歩 青葉のスゝメ】

ワンオペは夫昼寝三昧のせい岡山   杉沢藍

 孤独な育児の苦しさと真摯に向き合う。「三昧」「せい」まで言わずとも読者は分かってくれる。〈ワンオペか今日も夫は昼寝ばかり〉〈今日もワンオペ夫はリビングで昼寝〉など、気持ちを抑え、痛みを滲ませたい。

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