公開日:2022.10.21
[青嵐俳談]森川大和選
店主一人、椅子一席の床屋。アンティークのスピーカーから曲が漏れる。柔らかな背もたれに目を瞑る。空気澄む。髪が指先に集まる。ふつふつ切れる。乗ってくる。鋏の音が澄んでくる。静かに開き、裁ちながら、刃と刃の擦れて畳み収まる。それを5度、髪には触れぬ合いの手1度。繰るリズム。心が映る。
【天】
蚯蚓鳴く金の掘り尽くされし島長野 藤雪陽
春は亀鳴く、田螺(たにし)鳴く。秋季は蚯蚓(みみず)に、蓑虫鳴く。勿論どれも鳴かないが、一説にオケラの鳴き声をミミズのそれと勘違いしたとも。句は佐渡か。島中に、そして金坑跡のそこここに鳴き交わす。人が退き、ミミズ栄える。浪漫あり。
【地】
今浮かぶ追試のこたへ茸飯松山 川又夕
しめじ、椎茸、エノキ、舞茸。まれに松茸。炊き込めば、色艶よし。釜に香り立つ。食めばおのおの、味、弾力、耳に伝わる歯ごたえ。茸飯は五感に食す。この贅沢さが、刺激となって、今更遅い「追試」の「こたへ」を引き出す。惜しむとも、食めばどこ吹く風。
【人】
うそ寒やコアラの足が細長い兵庫 染井つぐみ
オーストラリアの冬は寒い。特に極地に近い南部。コアラも北部より南部の方が大型であるらしい。木に掴まって膝を曲げている印象が強いが、句では移動中か。日ごろ見せない足を露わに、あわれ、寒さの中。
【入選】
胡桃割る一般論にされにけり神奈川 田中木江
雁渡る定時ですので帰ります西条 広瀬康
くちびるに唄を非常口に月を東京 ツナ好
指先のネイルに着地金木犀東雲女子大 田頭京花
ジンライム来る秋の灯のプールバー千葉 平良嘉列乙
不眠症の星と洋梨剥いている岡山 ギル
梨食うて都心は麻酔めくあかり大阪 すいよう
星月夜絵本のおわりみたいだね松山 近藤幽慶
象を盗む月の光で編んだ網愛媛大 出女
口笛の練習に似て星流る神奈川 にゃじろう
金色の花野の先へ繋がれむ松山 若狭昭宏
犬の背の満遍を秋惜しめる手東京 はんばぁぐ
魂送るやはらかきサモエドの微笑九州大 長田志貫
ダム底より夏の足音迫る夜済美平成 岡柳仙
ガリガリと珈琲豆を嚼む我鬼忌中国 加良太知
カーテンとサンキャッチャーに律の風西予 えな
グリッサンドではがす背骨や焼き秋刀魚三重 多々良海月
関取の礼儀正しき秋なかば徳島大 水絢
月白やトスは小指を奥にして今治明徳高 阿部蓮南
【嵐を呼ぶ一句】
Wi-Fiも蛍も飛んでない村だ大阪 未来羽
無季。梅雨の季感はあるが、人の気配がない。現代の便利さも自然の豊かさも不足した中途半端な町。過疎の地方都市に共通する課題を若い視点で捉えた。