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青嵐俳談

公開日:2021.04.09

[青嵐俳談]森川大和選

 4月初めの夏日の庭。大きな毛虫。気の早い熊蜂。下手な鶯。屋根の下を探る燕。餌を求めて下山して、迷い込んだ子猪。青と白のタンカーが沖をのっと過ぎる。ヒメコブシ散る中、芝青む春の弾力を、1歳の吾子のやわらかな足裏が、かゆそうに確かめている。

 【天】

水道の水曲がりけり春の雷沖縄 南風の記憶

 「曲がりけり」には、硬質な水道網の人工美が含蓄され、落雷の形にも通じる。一方で、水は各家庭の蛇口から垂れ、春雷も厚い雲をランプシェードのように灯し、くぐもった音を残す。どこか優しい。配合は近いが、それがかえって柔剛両面に奏功した一句。

 【地】

桃の花羊の骨を風に干す東京外大   のどか

 中国大陸北部を連想する。不老長寿の縁起物とされる桃の花の鮮やかさと、ラム肉を削いだ骨の生々しさの配合がエネルギッシュ。骨は大根と煮てスープにすれば美味。花も骨も人も、春風に吹かれ濃縮される。

 【人】

道をれて蝶の巡礼ましろなる神奈川    木江

 「蝶の巡礼」が新しい。そう表現したくなるのは、折れて進む「道」もまた巡礼のそれゆえか。お遍路以外にも、熊野詣やお伊勢参りなど有名なものがいくつかある。バチカン市国やエルサレムをめざせばカトリック。それぞれの土地の蝶が、光を蓄え、滴らす。

 【入選】

青皿にエスカベッシュの桜魚岐阜 後藤麻衣子

風は刃のつひのひかりぞ春の海東京  早田駒斗

春眠やおとぎ話となる呼吸宮城    遠雷

佐保姫は手首へ手首絡ませて富山  珠凪夕波

かさぶたのとれてゆきやなぎこぼれる福岡    横縞

さいたさいたつがへるてふののいろーぜ神奈川 いかちゃん

いっそ夏立つまでしらばっくれようか新潟大 綱長井ハツオ

どことなく部品のやうな花の兄岐阜 ばんかおり

カット済み野菜のような新社員関西大   未来羽

つきたての米糠ふわり木の芽時東雲女子大  坂本梨帆

風船と肺の空気を押し合ひぬ京都大    夜行

遠足の列やオラウータン放屁長野   藤雪陽

三月や嘘溜め込みしシロペリカン松山西中等   岡崎唯

春の雨黒深くなる虎の縞愛媛大  中田真綾

淡雪やエメンタールの穴に影北海道  ほろろ。

自習室一席おきに埋まる春済美平成  藤尾美波

まづ臍を見せて服脱ぐ日永かな松山   川又夕

 【嵐を呼ぶ一句】

特服の飛び地となって卒業日愛媛大   岡部新

 「特服」は暴走族の特攻服のこと。身だしなみ違反で卒業式は参加禁止になったはずだ。だから、卒業日の特服一塊は、卒業式の「飛び地」なのだ。ただしこれは、一昔前の風景。現代の高校生は、社会から受けた傷を、どこでどのように表現しているのか。

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