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青嵐俳談

公開日:2021.03.19

[青嵐俳談]神野紗希選

 〈絶滅のこと伝はらず人類忌 正木ゆう子〉は、東日本大震災と福島原発事故を契機に詠まれた句だ。俳人は震災忌や原爆忌など、多くの命が奪われた出来事を忌日として歳時記に刻んできたが、ゆう子はまだ来ぬ人類の滅亡を「人類忌」と名づけた。あるかもしれない未来を、すでに起きた過去として語るとき、その分岐点として眼前の現在が浮き彫りになる。

 【天】

核シェルター雪が百年降り続く神奈川 にゃじろう

 放射能から逃れるシェルターも百年降り続く雪も、異常事態だ。地球は変わってしまったのか。真っ白な雪も汚染されているのかも。百年は人の一生の単位。シェルターで生まれた子は以前の世界を知らない。未来の記述を介して現代に警鐘を鳴らすSF的俳句。

 【地】

出港永しマフラーをぶんぶん回す東京外大   のどか

水に影春の重力とはさびし北海道  ほろろ。

 のどかさん、船の離岸はゆっくりなので、別れの儀式も長引く。その状況を「出港永し」と冷静に把握しつつ、マフラーまで回す懸命さ。客観しても傍観しない姿勢に、世界や人間への愛を見た。ほろろ。さん、浮遊感のある春だからこそ、重力を「さびし」と思うか。同時作〈春愁の眦ふかき鉛筆画〉も陰影深し。

 【人】

空の罅より光溢るるやうに梅三重  森永青葉

歌おうよ細い茎から桜草東温  水かがみ

 青葉さん、罅が入る空は平らで硬い空。梅の咲く早春の張りつめた空気を思う。水かがみさん、繊細で人懐っこい桜草。「歌おうよ」の提案が春を呼ぶ。

 【入選】

雨水を孕みて世界樹となりぬ岐阜大   白水史

菜の花や雲の工場と雨粒と東雲女子大  坂本梨帆

冬すみれ赤子の足に巻くしるし岐阜 後藤麻衣子

たい焼きとキスして人を待っている宮城    遠雷

乳液の指を滴る冬の雷愛媛大    草笛

バレンタインデー三人で小鳥みる東京   たっか

丼が転がっている春の浜新潟大 綱長井ハツオ

雑巾を絞れぬ子等と寒稽古松山    大助

蜃気楼ドードーの目の光るやう沖縄 南風の記憶

春落葉並べて書斎作りけり東京  中川裕規

夕蛙お辞儀の深き留学生松山  若狭昭宏

言い訳と同じ速さの春の雨今治西高  盛武虹色

草萌ゆる産毛渦巻く長女の背京都  青海也緒

花冷やこゑ混ぜ合はせ車中泊松山   川又夕

地吹雪や脱真面目作戦初日新居浜 羽藤れいな

菫ほど小さき吾や君娶る高知  野中泰風

沈丁花叫びたいけど微笑んで立教池袋高  海老海老

撫でるよにフロントガラス花吹雪西予    えな

パンダカー梅の香よりも遅く来る福岡    横縞

信号の電気を吸って菜花かな愛媛大   岡部新

 【嵐を呼ぶ一句】

末黒野にピンクのドアがあらはれる神奈川    木江

 野焼き後の何にもなくなった野の黒さに、突然現れるピンクのドアの、キッチュな色彩の対比。ドラえもんのどこでもドアを知らずとも、「あらはれる」の異様さにより、超現実的なイメージが立ち上がる。

 

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