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青嵐俳談

公開日:2020.07.03

【青嵐俳談】神野紗希選

 4歳の息子がパソコンに手を伸ばしている。「だめ、ママの書いたのが消えちゃうよ」と抱き上げると、不満げに「書かななければ、よかったのに。書かなきゃ消えないんだから」と言う。幼い悟りに驚きつつ〈秋風や書かねば言葉消えやすし 野見山朱鳥〉を思い出す。私たちの底にたぎる言葉への渇望。書かずにはいられぬこともあると、君もいつか知るのだろうか。

 【天】

人間の重心は臍ソーダ水新潟大 綱長井ハツオ

 姿勢を正しソーダ水を飲む。昇りゆく泡と、体の中心に座る臍の存在感と。臍は、この世に生まれてきた証だ。臍からつながる命のリレーこそが、人間の生きる重心、なのかも。同時作〈夏つばめマグマ湧き立つごと眠し〉の生命力の横溢(おういつ)、〈歯磨粉もケチャップも振る暑さかな〉の日常感も充実の完成度。

 【地】

日焼子のみな一山の影に眠る今治西高  八木大和

金魚の死見届けてより会ひにゆく向陽高    美菜

 大和さん、「みな」と拡散させた直後に「一山」と集約させるダイナミズムにより、一村に暮らす子たち全てを包み込む、山一つの圧倒的静けさが立ち上がる。美菜さん、金魚の死と私の生が渾然(こんぜん)と渦巻く。「死見届けて」の覚悟は「会ひにゆく」へ敷衍(ふえん)され、まなざしに凄(すご)みが宿る。

 【人】

地球とふ小さき天体かたつむり今治  犬星星人

湖の果てに小屋ある仲夏かな愛媛大  近藤拓弥

 犬星さん、私やかたつむりや、全てをのせて回る地球は、宇宙から見れば「小さき天体」なのだなあ。既定路線として語ることで、視野が自然とマクロに切り替わる。拓弥さん、海外小説の舞台のように涼やかな風景。空間としての「果て」と時間の半ばとしての「仲夏」が、エアポケットのような時空を生み出す。

 【入選】

水脈の乾きをなぞる大南風松山西中等   岡崎唯

三線やアブチラガマに這ふ溽暑沖縄 南風の記憶

文通は途切れ雌蜂は行ったまま新居浜 羽藤れいな

薫風や虹彩認証に微笑む東京  中川裕規

印刷の残暑の写真へんなにおい東京  小林大晟

明け方のこども病院熱帯魚神奈川   とりこ

ハイヒール履く兄の背や青嵐宮城    遠雷

炎天をすれ違う人さいこぱす静岡   古田秀

冷たいか熱いか冷蔵庫のたましひ富山  珠凪夕波

馬鈴薯を炒むウィリアム・テル序曲兵庫 冬木ささめ

狐の牡丹集めてボンボニエール満つ松山 松本美恵子

スナックの空箱重ね五月闇済美平成  藤尾美波

肯定の言葉さがして梅雨の蝶北海道  ほろろ。

五月雨のゼミ室ココア詰め替える関西大   未来羽

夏襟や鴨大切に吉祥寺東京外大   のどか

蛇を忌む家忌まぬ家煮込む家立教池袋高   ずしょ

今朝はしっとりとして濃ゆいつゆくさ東温 水かがみ

 【あと一歩 青葉のすゝめ】

仮免に笑顔の無くて青田道千葉  正山小種

 笑顔が無いということは、真顔が在るということ。たとえば〈仮免の真顔真っ直ぐ青田道〉など、無いことより在ることを言ったほうが、印象鮮明な句に。

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