公開日:2020.03.27
【青嵐俳談】神野紗希選
くず籠の原稿用紙、散りしく桜しべ、ブロッコリーの芯、眠たい数学の授業、俳句を始めてから、無駄なものは一つもないのだと知った。全てが世界を構成している。私の視界の外側をいかに見るか、拾えるか。
【天】
泥の雪シュプレヒコールの残響新田青雲 中田真綾
デモの人々が通り過ぎた後に残ったのは、踏みつぶされた泥だらけの雪と、叫んだシュプレヒコールの残響。五音に切り詰めた「泥の雪」が、地道なデモ活動の泥くささと精神の清浄を象徴する。届くか分からないけれど、それでも。雪はとけ土はぬかるみ、春は来る。
【地】
それぞれの焔を抱きて磯巾着向陽高 美菜
へんかんもめんどうなひのすばこかな東京外大 のどか
美菜さん、磯巾着の色鮮やかなゆらめきを「それぞれの焔」と形容した美。のどかさん、打ち込んだ字の「変換も面倒な日」を、全て平仮名にしてメタ的に表した。漢字の意味を離れ、巣箱をボーっと見る。
【人】
うららかな結び目ネクタイの真黒 新潟綱長井ハツオ
目鼻口顎耳ほっぺ紙かいろ三重 あおはる
ハツオさん、シックな黒ネクタイを明るい春の季語「うららか」で形容した。弔事なら諧謔(かいぎゃく)味が強まる。あおはるさん、顔の部位を六つも並べ、何かと思えば「紙かいろ」。冷えた肌を順に温めたのだ。同時作〈蜆汁観客のなきホームラン〉はウイルス対策の現状。蜆汁の平和に、異様さが際立つ。
【入選】
紙皿に兄貴の名前山笑ふ松山 大助
まずピアノおく場所決めて梅の頃東京 小林大晟
書道室いろはにほへとちるさくら愛知 五月闇
ブルネイの国旗のうねり春の河松山西中等 岡崎唯
転寝の受験生ただ明日が欲し松山 松本美恵子
ローファーの踵やわらか春寒し松山西中等 訛弟
椿真白し兄は過労だつた大阪 ぐでたまご
イートインにあふれてしまうしゃぼん玉 神奈川木江
売土地や十坪分の石鹼玉東雲女子大 坂本梨帆
投げやりのことば星空さえも春北海道 ほろろ。
春月に触れて観覧車は錆びる神奈川 ぐ
披露宴終え春寒のカップ麺埼玉 ふるてい
ひらきゆく春光時計台の影沖縄 南風の記憶
欲望の燻るまなこ梨の花松山 川又夕
早春のポッケにサクマドロップス弘前高 鰊記高
廃棄場のタイヤ覗けば春の穴二松学舎大 本野桜魚
自転車を追い越してゆく初燕新居浜 翔龍
パイナップル弾ける弾ける彼女来る秋田 吉行直人
マジ卍鷹鳩と化すマジ卍弘前高 みかづき
細胞の分裂ばちん春の雨神奈川 とりこ
【嵐を呼ぶ一句】
小顔ローラー冷たしフランスギャル忌かも名古屋高 横井来季
ポップス歌手・フランスギャルが亡くなったのは2018年1月7日。小顔ローラーを頬にあてた折の冷たさに、ふと彼女の歌を口ずさんだか。季語に認定されていない忌日も、実感を交えて詠めば詩になる。