公開日:2020.01.17
【青嵐俳談】神野紗希選
1987年生まれの生駒大祐(第5回芝不器男俳句新人賞)が第一句集『水界園丁』(港の人)を出した。ページを繰れば、緻密に構成された言語空間の静けさにただ立ち尽くす。〈鳴るごとく冬きたりなば水少し〉〈鳥たちのうつけの春をハトロン紙〉〈秋淋し日月ともにひとつゆゑ〉。季節「冬」「春」「秋」をざっくり使うと、言葉の指し示す範囲が広い分、限定の仕方で自分の感じた季節を表現できる。
【天】
冬はひしがた注げば水の硝子めく北海道 ほろろ。
冬に形があるとしたらひし形だと見た。きっちり線に囲まれた閉鎖性と、不安定に傾く印象とが、確かに冬らしい。水を注ぐのはひし形の器か、ただの硝子のコップでもいい。注いだ水が硝子のようにもろく輝くのも、冬だからこそ。感覚を練り上げた言葉の精度。
【地】
冬の朝光源氏の寝癖かな今治西高 琉々奈
平安時代の王朝恋物語『源氏物語』。パーフェクトボーイ・光源氏に「寝癖」を見つけたのが楽しい。恋人の隙のある姿を私は知っているという喜び。
【人】
浮き上がる鯨や月へ触れる鰭静岡 古田秀
花野菜煮て本棚を組み立てて愛光高 かはづ
秀さん、月光の海面へ浮かび来る鯨。「月へ触れる」の誇張が幻想性を強める。かはづさん、花野菜=カリフラワーを煮つつ本棚を組み立てる。スタイリッシュな日常。動詞の対句で「今、ここ」感を強めた。
【入選】
白狐触れなばやはらかく溶ける松山東高 山根大知
聖菓は完売いつものモナカ食う新居浜 羽藤れいな
落第を告げてたこ焼き割り勘す大阪大 平原陽子
よく笑ふ人のマフラー借りてをり愛媛大 近藤拓弥
芽キャベツよこんなに空虚でよかったか同 福浦竜人
ダイヤモンドダスト少年と手袋星野高 野城知里
天体の楕円軌道や冬ごもり今治 犬星星人
葉牡丹やレコードで聞くK―POP松山 大助
くすぐつたさうに毛布を掛けらるる向陽高 美菜
本の山たくさんあつて寒い部屋大阪 田邊大学
ロザリオや冬天に吸い込まれそう沖縄 南風の記憶
クレーンの頭突き出る霧の川大洲高 岡田真己
白鳥を離れてみんな嫌いと言う大阪 伊藤波
哲学の講義悴む右手に痣松山 松本美恵子
削れゆく筆先冬の海の波東温 水かがみ
先輩に恋してコンビニのおでん神奈川 ふるてい
エレベーターの上がってく感じ初電話秋田 吉行直人
色即是空空即是色冬至粥兵庫 藤田俊
兎抱くふるふを押さえ込んで抱く愛光高 甘煮
【嵐を呼ぶ一句】
うつくしい冬バス停に屋根のある東京 小林大晟
ヘッドホン外せば冬の続きかな長崎大 塩谷人秀
大晟さん、冬を「うつくしい」と形容し日常のバス停を輝かせた。人秀さん、音楽を聴く間は現実と切り離されていた感覚が、また「冬の続き」に戻る。大づかみな冬の捉え方にぼんやりした生の実感が漂う。