朱欒 しゅらん朱欒 しゅらん

青嵐俳談

公開日:2019.11.08

【青嵐俳談】神野紗希選

 動物園のキリンを洗うブラシを詠んだとき、先輩俳人に「本当にそれが詠みたいの?」と聞かれギクッとした。俳句に慣れると、どんなものでも詠める。だからこそ、表現の原点のパッションが大切なのかも。

 【天】

抽象にはちきれそうな夜の鹿松山西中等   岡崎唯

 秋は鹿の恋の季節。夜の鹿は相手を求め切ない声で鳴く。恋は抽象。闇も抽象。夜にふさがれた視界の向こうに、狂おしい鹿の気配が満ちる。「はちきれそうな」により、緊張感と生命力があふれた。同時作〈目薬の外れて夜の冷やかさ〉も「外れて」から「冷やかさ」への逸れ方が自然。身体感覚が心象とつながる。

 【地】

こぎつねよ正義がほのぼのを壊す松山   みなつ

 みなつさん、副詞の「ほのぼの」を名詞化し、平穏の比喩として用いたのが大胆。誇るべき正義を振りかざすことで、対立をあおり争いを引き起こすことも。勇ましさの影に潜む危険。無垢(むく)な子ギツネへ呼びかける言葉は、避けがたき現実、忘れたくない箴言(しんげん)としての強い響きを帯びる。

 【人】

野分晴象の餌的朝ごはん東京外大 中矢のどか

吾を走る血の鉄臭し野分だつ新潟大 綱長井ハツオ

 のどかさん、嵐が去り鉢植えや枝が転がる朝、皿にも無造作に、丸ごとポテトやざっくり切ったキャベツが。大ざっぱ&大盛りの朝ご飯を象の餌に例えた。何にでも「的」をつける若者言葉を生かし、テンポもいい。ハツオさん、外界の野分を前に身の内の血を意識した。鉄分を含む血が鉄臭いのは理屈だが、野分の配合で、雨ざらしのあれこれの生々しい匂いを伝える感覚的表現となった。上五の疾走感も野分とマッチ。

 【入選】

古本屋のしおり雲色冬隣愛知   五月闇

どこに行く切符も持っていない柚子大阪   伊藤波

眩暈とは落葉に抱かれ笑うこと愛媛大  近藤拓弥

案山子には青き硝子の目を与ふ向陽高    美菜

大陸のようなパン焼く秋の朝東京  小林大晟

また会ってください金木犀の道松山東高  山内那南

餌ねだる黒猫の目霧の朝大洲高  岡田真巳

傍線に賛意小春の古本屋埼玉  さとけん

そうですね君もかわいいですね桃星野高  野城知里

ファはピンク色だと思う夜長かな松山  松浦麗久

横顔の輪郭鋭くて紅葉愛媛大  小泉柚乃

凍星や小さじ一杯分の笑み新居浜 羽藤れいな

文字化けのメールが野分立つ夜に関西大   未来羽

求人誌を丸める月光へ捨てる北海道   ほろろ。

満月や噓ばつかりの自己推薦書今治西高   琉々奈

長き夜を長き手紙を読みゐたり今治  犬星星人

旅行記にあとがきつけて星流る洛南高 とうもろこし

IQの高そうな皺ある胡桃茨城    佳山

夜長や洗濯機の中にティッシュ東雲女子大  坂本梨帆

 【嵐を呼ぶ一句】

鳥(たぶん)(平均)十羽ずつ帰る東京  須賀風車

 春、北へ帰る鳥の群れをぼーっと眺める気分。()を使い、あいまいな心の声をぽろぽろこぼすことで、実感の乏しい現代を生きる中ぶらりんな感覚が出た。

 

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