公開日:2019.10.25
【青嵐俳談】神野紗希選
子規の好物は柿だったが、わが家の3歳児も、秋は柿の季節だと思っているらしい。「涼しくなったねえ、秋だねえ」というと「まだ柿がないから夏でしょ?」とぷりぷり怒る。カレンダーの日付ではなく、モノに季節を感じる素朴な感覚も、忘れずにいたい。
【天】
朝の月マリモの水を取り替える松山西中等 訛弟
新しい朝が始まる静かな気配。朝の空に残る月と、新しい水へ移されたマリモと。涼しく爽やかな二つの球が、空と地のはるかな距離を光りあう。宇宙の月、マリモを育てた湖。日常を包む世界のはるけさも秋だ。
【地】
クリオネの交尾水族館寒い愛知 五月闇
参考書の挿絵の少女秋めきぬ松山東高 武田歩
五月闇さん、流氷の天使・クリオネも交尾をする。その生態すら見せる水族館を「寒い」と知覚したところに、人間への批評が宿った。歩さん、参考書の少女の(おそらくさみしげな)表情に秋を悟った。勉強への集中がふっと途切れた瞬間、秋風が吹き抜ける。
【人】
コロナ手に渡る桟橋渡り鳥福岡 ほりこうき
無花果は割つて涙の入る器向陽高 美菜
こうきさん、コロナ×桟橋の配合が、アメリカ映画の一場面のよう。渡り鳥の視点を加え、取り残されたさみしさをも出した。同時作〈電話しかできない電話菊日和〉も言い得て妙。美菜さん、無花果を割くと現れる中央の空洞を「涙の入る器」と表したのが詩的。表現は「無花果を割いて」のほうが自然で丁寧か。
【入選】
木枯しや割るる深紅のネイル瓶新居浜 羽藤れいな
今日も下校は桃を握り潰してるみたいな空 松山松本美恵子
銀漢や遺骸を置いてゆくキャラバン関西大 未来羽
産むことを決めたのは我カンナ燃ゆ広島 竹内桂翠
柿熟れて依然公平無私である洛南高 古勝敦子
猪の首に花びら泥だらけ松山 川又夕
秋の蝶やさしくこはれゆくきのふ北海道 ほろろ。
眠剤の効かぬ勤労感謝の日東京 藤田多喰身
歯磨きをして隣り合ふ星月夜洛南高 弓
パソコンに全て入つてゐる厄日同 竹内優
蟷螂の鎌に残りし肉舐る松山東高 小川一磨
秋分を越え行く小さき土踏まず京都 青海也緒
鳥渡る未来の話など飽きた愛媛大 近藤拓弥
鰯雲何かにたとえるなんて野暮神奈川 一撃
本を読み本の読みたくなる残暑愛光高 甘煮
前世も宇宙人らし秋の夜松山西中等 岡崎唯
桜草レクイエムは口ずさめなくて東京家政高 黒崎愛子
黙れ 秋薔薇が枯れる新潟大 綱長井ハツオ
胸中に月の光を充たし来よ今治 犬星星人
葡萄嚙む嚙むほど世界崩れおり伯方分校 仲田彩乃
【嵐を呼ぶ一句】
鹿笛のごとアイドルの喋り方秋田 吉行直人
鹿笛は、鹿猟の道具。吹くと、雌鹿の声に似た、高く切ない音が出る。アイドルの声も、誰かを呼ぶなつっこさ、切なさを帯びていると見た。鮮烈な比喩。