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青嵐俳談

公開日:2019.07.05

【青嵐俳談】神野紗希選

 失恋、就職、離別…人生の節目に起こる大事件を扱う文学は多い。でも実は「だから何?」という些事(さじ)のあれこれも、人生の時間を満たす大切な要素だ。雲のかたち、風の匂い、くしゃみした君の眉毛のカーブ。俳句はその「だから何?」の尊さを見逃さない。

 【天】

心臓に左右やさくらんぼゼリー宇和島   栗田歩

 これも「だから何?」で見過ごせないワンカット。薄桃色のゼリーに透けた実が、まるで私たちの体の芯に息づく心臓のようだ。重心となるさくらんぼがゼリーの完全な中心に来ることはほぼなく、その絶妙なアンバランスが、心臓という人体の自然の不思議と響き合う。簡潔に磨かれた言葉の洗練も俳句ならでは。

 【地】

初恋に粘土の匂い雲の峰愛媛大  近藤拓弥

扇風機おもしろさうに話す人大阪    大学

 拓弥さん、粘土が楽しかった頃の幼い初恋。美化されがちな初恋が、粘土の匂い、夏雲の光という感覚を経由し郷愁に変換された。大学さん、中七下五にぴったり吸いつく季語の斡旋(あっせん)。暑い夏でも楽しそうに生きる人の好感度の高さよ。同時作〈全教室試験中なる桜かな〉、学生の静かな緊張と咲き満ちる桜の緊張と。

 【人】

かき氷ガツガツしてなきゃダメですか新居浜  藤田夕加

秒針の音が朧の詩なりけり東京家政高  黒崎愛子

 夕加さん、ドライな問いかけのわりにガツガツ食べる感じのかき氷を持ってきたのがナイス。これも現代の新たな青春。愛子さん、一秒ごとに失われ、また新しく訪れる秒針の音こそ詩だと捉えた。全てが曖昧な朧だからこそ、秒針が鼓動のように強くひびくのだ。

 【入選】

麦茶買う財布に金の豚がない新潟大 綱長井ハツオ

言語などいらぬとラムネ瓶を吹く立教大  あざらし

今は昔掌よりこぼるる蛍の火松山東高  山内那南

千年の鼓動千年夏怒濤名古屋高  横井来季

青嵐録音室の明り取り松山西中等    訛弟

古民家の蜘蛛の這ひ来る床のつや同   岡崎唯

庭に薔薇妻は美人と言へと妻愛知   岩のじ

六月や馴初めの校庭に花嫁大洲高  岡田真巳

母の正論俯いて食む苺松山    奈月

引きこもり辞めればクールビズの街同 松本美恵子

天竺で待ち侘びし蝸牛かな松野 高橋あゆみ

手のひらのみづうみ乱す驟雨かな今治  犬星星人

蠟燭や蟇のつそりと影を吐く北海道  ほろろ。

川底の小石の丸み緑さす松山  松浦麗久

向日葵やまずは空から描きなさい埼玉  さとけん

女子寮の生垣に穴蟇福岡  あいだほ

ビーズクッションおやすみバタン昼寝松山   みなつ

干からびた海藻の白初夏の夢東温  水かがみ

夕暮れのたんぽぽそばに生ビール松野  亀沢一平

 【嵐を呼ぶ一句】

白滝の色とトロイの来たらし東京外大   中矢温

 日常の白滝と歴史上のトロイが出会う偶然の驚き。同時作〈黄泉の綱走り乗りしは夏のみよ〉〈沈み済みの理解怒りのみずみずし〉、3句すべてが回文で見事!

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