朱欒 しゅらん朱欒 しゅらん

青嵐俳談

公開日:2019.06.21

【青嵐俳談】神野紗希選

 保育園では子のママとして、学校では神野先生として、実家に帰れば紗希ちゃんとして、それぞれの私を生きている。いくつかの私、いくつかの居場所を持つのは大切だ。AがダメなときもBがあると思える。俳句を始めれば、俳人の「私」がもう一つ増える。俳人の目で見る世界は、ことのほか鮮やかだ。

 【天】

営業や上野-東京間を虹埼玉  さとけん

 「上野-東京間」という無機質な日常語を詩に導入したのが俳句的だ。この区間を走る電車は関東~東北をつなぐ路線。都内を回る営業の移動中、車窓から思いがけず虹が見えた。会社員から俳人へのシフトチェンジだ。野に仰ぐ虹も素朴でいいが、虹が本当に必要な人は都会の電車の中にいるのかも。「や」の嘆息が、虹を、それを見つけた私の生を、いっそう輝かす。

 【地】

入院の服の薄きや夏の雨東京  小林大晟

クレーン佇む金色の薄暑 それきり神奈川    ぐ

 大晟さん、入院服の特徴を生地の薄さに見出して、入院生活の心もとなさを象徴させた。病窓を濡らす夏の雨の暗い光に、心が吸われてゆく。ぐさん、「金色の薄暑」は夕日の光か。何気ない風景が妙に目に残る記憶の感じを、「それきり」という印象的なつぶやきが伝えてくれる。そう、すべては「それきり」なのだ。

 【人】

風に波噴き出すやうに若葉かな松山  若狭昭宏

てふてふの群れは破れたノートから松山東高  武田歩

 昭宏さん、「風に波噴き出す」の勢いが、みずみずしく若葉を活写して見事。歩さん、破れたノートの切れ端が蝶に変化したかのよう。欠損が生む新たな命。

 【入選】

空つぽの冷蔵庫抱きしめてゐる今治  犬星星人

白南風や目眩は左回りです愛知    雷紋

かいわれ系スプラウトより五月富士同  蟻馬次朗

蝶落つや良い子を気取る僕は誰新居浜 羽藤れいな

目刺食う我の眼に我はいない伯方分校 後藤ひかる

入水自殺できないわたしのためのシャワー松山大 板尾奈々美

天上も熟れてきたるに青林檎長崎大  塩谷人秀

紫陽花や彼はいつでも否定形松山   みなつ

トウトウトウ青葉風切るこども兵庫 内橋可奈子

花柄の似合ふ男と夏料理松山   川又夕

すれ違ふ影透きとほる夕薄暑北海道   ほろろ

花壇に、春の猛獣の気配松山西中等   岡崎唯

きのふよりがゞんぼのゐる館かな大阪    大学

オール置く波紋若草のしなやか沖縄 南風の記憶

朝焼けの濃し制服の綻びに土佐女子高  筒井南実

るり色はるり色にして夏隣東京家政高  黒崎愛子

南京錠錆ぶるやクリスマスの街今治西高    春響

 【嵐を呼ぶ一句】

被写体として夏海を好きなふり関西大   未来羽

 被写体が私なのか、私がカメラを構え海を撮るのか、いずれにしても海を楽しむ「ふり」なのが曲者。青春をドライに客観視する屈折が、夏の陰影を濃くする。

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