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青嵐俳談

公開日:2019.02.01

【青嵐俳談】神野紗希選

 ある朝、買っておいた惣菜のポテトサラダがおいしかったとしよう。次も同じ商品を買おうと思うのが生活者の視点だ。さらに味を誰でも再現できるようレシピを作るのは科学者の視点。生活や科学は、失敗しないよう体験が蓄積・反復される。しかし、ポテトサラダを食べた朝に雪の匂いがしたこと、夕べ恋人が来なかったことなど、周囲の出来事と結び付けつつ、一回きりの繰り返せない体験として捉えるのが文学者の視点だ。「文学者の語る体験は、一般化されない特殊性と、反復されない一回性とのゆえに、われわれにとって価値のあるもの」(加藤周一「文学とは何か」)。ささいな日常も、一度きりの繰り返せない体験だと見つめ直せば、かけがえのない詩のあぶくが生まれる。

 【天】

このポテトサラダたちまち雪を呼ぶ松野  川嶋健佑

 すべてのポテトサラダに雪を呼ぶ力があるかどうかは知らないが、少なくとも「この」ポテトサラダには特別な引力があるらしい。皿の上のやさしい白が、天空の雪の白と呼び合う。一回性を強調する「この」により、生活のポテトサラダが文学になった。

 【地】

冬の星ポイントで買いたい未来松山   みなつ

 現代はポイント社会。ポイントで買えないものはない、未来だって買えるかも、と信じられるほどに。でもなぜそう信じられるかといえば、先が見えなくて、ポイントで買えるほどの未来しか想像できないから。豊かで貧しき現代を、冬の星が自覚的に相対化する。

 【人】

輪郭をなくす冬陽と牛の喉松山西中等   岡崎唯

白鯨来て星団となりし街松山東高  山内那南

 つかのまの日だまり、夜のきらめき。どちらも輝く冬を詠む。唯さんの句、「と」の並列で牛の喉にクローズアップ。那南さんの句、白鯨の乳白色の光が星団そのもののよう。街を見晴るかし童話的に描いた。

 【入選】

冬ぬくしドードーの骨拾ひけり今治  犬星星人

雪晴やリバウンド拾ってシュート八幡浜  浅倉季音

空港の誰待つやうに吹雪かな北海道 三島ちとせ

二日くもり犬を抱えて歩く人今治 大木大林木

元日の映画館に子と二人かな京都  青海也緒

鯛焼や帰路に釣果の一尾消ゆ今治    立志

初日の出ドクターヘリは旋回す松山     稀

花の影ふたりに言語など不要同  松浦麗久

春隣ラストオーダーまで独り同   川又夕

祖父宅の風呂平成最後の除夜KTC松山  坂本梨帆

 【嵐を呼ぶ一句】

堂々とパン屋が雑煮売つてゐる早稲田大   君嶋浩

 パン屋なのに雑煮とはこれいかに。初詣で人出のある神社近くのパン屋なのかしら。「堂々と」開き直り、正月を商機と捉えるパン屋のたくましさが快い。

 

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