公開日:2026.10.16
[青嵐俳談]神野紗希選
近所の田んぼで稲刈りをした。束ねた稲から飛び出したのは、雨蛙。そういえば昔、実家の田んぼで、藁塚に眠る雨蛙をつまみ出しては起こしていた。ぱっと捕まえ息子の手に移してやる。この子もいつか今日の雨蛙のことを、懐かしく思い出す日が来るだろうか。
【天】
翠巒に万年眠る鰐の骨大阪 国領柩
「翠巒」とは青々とした峰のこと。かつて水底だった地盤が隆起し、山となって幾星霜、鰐の骨は万年を地層に眠り続け古代の夢を見るか。漢語の凜々しい響きにより、地球の歴史の厚みを堂々と描き出した。
【地】
くるみ割ればこれもだれかの文体松山 板尾奈々美
てのひらを櫂にして入る踊かな千葉 弥栄弐庫
奈々美さん、力を加減して胡桃を割るように、自分だけの文体を希求して試行を繰り返す。弥栄弐庫さん、てのひらを櫂にたとえることで、夕闇が水のようにひたひたと満ち、盆踊りの独特の浮遊感が伝わる。
【人】
キャンドルの蝋凹み行く星月夜松前 二宮 妃
マカロニの螺旋階段下りて秋新潟 酒井春棋
妃さん、キャンドルを灯せば、火のほとりの蝋から融け、キャンドルは凹んでゆく。その姿を丁寧に描写した。夜空の星と呼応して眼前の灯が揺らめく。春棋さん、襞のくるくるしたマカロニ、たしかに螺旋階段みたい。上るのではなく下るのも、さびゆく秋だ。
【入選】
院進の決まりて秋の澄みし熱立命館大 乾 岳人
山羊の秋もろもろと糞まろびでて愛媛大 野上翠葉
二百十日惣菜に敷くスパゲティ愛知 柊琴乃
月の輪のぎんいろ下手な詩もわたし八幡浜 福田春乃
本棚に掛ける梯子や秋ともし神奈川 大地緑
島唄が心のはやさ浜に秋東京 小林大晟
目の裡にイエスは昏し零余子飯岡山 岩橋のり輔
ひび割れしままの旧道雨の月松山 一色大輔
しなふ秋草涙とはこころの血鶯谷高 川崎雅怜
解体の民家丸見え月今宵松山 川又夕
鹿や愛に生産性といふ尺度埼玉 伊藤映雪
自傷めく恋やパスタへ鷹の爪京都 ジン・ケンジ
内側の線まで注ぐ夜食かな松山 広瀬康
秋灯や書斎はやはらかな子宮東京 桜鯛みわ
鶏頭や積み木のやうな社員寮松山 小林浮草
朝霧のまとわりついた彫刻史大阪 高遠みかみ
とおいとおい神の嚔の流れ星熊本 夏風かをる
秋思とも合はぬ眼鏡のぼやけとも三重 多々良海月
透明な企業・ドパガキ・秋の水埼玉 東沖和季
毒虫のままザムザ死す栞冷ゆ東京 浅野輝
秋の声時計の仕組みわからない鹿児島 佐藤橙
母子手帳ひらけば母となる蛍松山 森美菜子
【嵐を呼ぶ俳句】
ぶだうほど脆きみどり児おろおろ抱く米国 爪太郎
赤子の脆さをぶどうになぞらえた。たしかに、ほろほろと実がこぼれたり、力をこめたら潰れたり、葡萄はナイーブだ。そして水気をたっぷり含んでちゃんと重たい。「おろおろ」しながらも「抱く」踏み込みに、世界を受け止めようとする意志が震えている。




