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青嵐俳談

公開日:2022.10.28

[青嵐俳談]神野紗希選

 月、霧、蝶、鯨…どの季節にも存在するが、季語として特定の季節に分類される事象は多くある。そうしたモチーフを詠む場合、季語として扱わずとも、詩語として生かす道もある。主題は、季節だけではない。蝶を通して、春以外の主題だって表現できる。

 【天】

蝶老いて無声映画の中に入る大阪  すいよう

 無声映画の昔の世界に入るには、その者も老いねばならない、か。蝶は春の季語だが、老いの衰え、無声映画のモノクロの印象から、秋の無常の匂いがする。無声映画の中を飛ぶように、静かに風を縫いゆく蝶。

 【地】  

溶接の火花平たし石蕗の花岡山    ギル

三人なら敵無し二人なら秋思秋田  吉行直人

 ギルさん、「火花平たし」の発見に観察の目が効いている。石蕗の花も工場の周囲の景色の解像度を上げ、骨格の揺るぎない句。直人さん、三人のバランスがとれた無敵感も、二人の向き合う愁いも納得。疾走する言葉が、秋思もどこかフレッシュに香らせる。

 【人】

ずつしりと昭和のプリン露の宿松山   川又夕

星飛んで鳥白亜紀の目をしてる千葉 平良嘉列乙

 夕さん、「ずつしりと」の描写で「昭和のプリン」なる郷愁の輪郭をなぞり、さらに意外な「露の宿」で大きな時間の循環を見せた。嘉列乙さん、鳥の祖先は恐竜だとか。恐竜が隆盛した白亜紀を知る目。今、空をゆく流星は、恐竜を滅ぼした隕石の光に似るか。

 【入選】

雨粒の群れはじめたる菌かな福岡  森優希乃

ハイターを濃くして夏を片付ける西予    えな

腫瘍めく乱層雲や薬掘る西条   広瀬康

わたしの決壊世界は進む曼珠沙華静岡   真冬峰

新豆腐おとうと眠りかけてゐる名古屋大   磐田小

無花果の汁はべたつく希死念慮静岡 桃園ユキチ

条文は入り組んで夜長の螺旋新潟  酒井春棋

明日ありや吹かれてとゞく蘆火の香九州大  長田志貫

冬近し鍵の感触だけ確か大阪大   葉村直

刃を入れてマッシュルームの透くほどに東京  加藤右馬

宵闇や保線車両に灯る燈や滋賀   乾岳人

足ばかり映る配信神の旅宮城  佐東幸太

龍淵に潜む紙ストローの味茨城   眩む凡

初雁や弓を飛ばせば空の果て東雲女子大  田頭京花

出す声は空気と化して今日の月同  坂本梨帆

一握に一つの林檎アクセス権神奈川  塩谷人秀

放り込む寂しさのある焚火かな京都大   武田歩

イカ二貫飲み込みけふの夜食とす東京  山本先生

眼鏡外せば見えざる星や秋の澄む洛南高    杏夜

交通安全週間秋暑し松山   菅野秀

 【嵐を呼ぶ一句】

ファミレスのAIロボや葡萄食ふ今治西高   光太郎

 最近のファミレスでは、注文をとるロボットを見かけるように。こうして人間とロボットの共存は進んでゆくか。葡萄という理解可能な季語を媒介にすることで、近未来のモチーフが身近に引き寄せられた。秋のデザートに添えられた葡萄とともに、今を咀嚼する。

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