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青嵐俳談

公開日:2021.09.10

[青嵐俳談]森川大和選

 〈途中には睡蓮ランゲルハンス島 五島高資〉に詠まれた島は、膵臓内の細胞群のこと。β細胞がインスリンを分泌する重要組織。臓器全体の1割に満たず、飛び地のように点在する。「途中には睡蓮」という虚実を地続きにさせる配合が素敵。印象派モネの作品も重なり、光が淡く揺れている。睡蓮の花季もあと少し。

 【天】

西日射す臓器のいくつかは孤独大阪   ゲンジ

 孤独な臓器は、打たねばならぬ心臓。脳神経系の、根のように何かを掴まんとする進化。子宮のまだ子を抱かぬ時。肺や腎臓の術後の虚空。光に慰められるランゲルハンス島も。咽頭の唾液腺は、長い黙秘の後、昨秋にやっと医学から発見された。句は、生きる尊厳を感じさせる。孤高の裏の寂寥に西日が届いている。

 【地】

解体のビルを離れて螺子涼し三重  森永青葉

 細部へ目の効いた現代詠。ビルの建った戦後。本日の解体業者。その間の利用者。労働者みなの汗。役目を終えた螺子を描き、幾重にも労いがある。盛んな暑さは過ぎたものの、熱を残す「涼し」の季語が効いた。

 【人】

唐黍の茹で上がる間のロゼロック北海道 北野きのこ

 ジョッキに氷とロゼワインを注いで飲むのがロゼロック。十勝ワインの生産地、北海道池田町の飲み方。もちろん「葡萄酒醸す」秋の新酒の味。大地の寒暖差に締まったトウモロコシの甘みも、さぞかしや。

 【入選】

白南風をつくるフラガールの腕早稲田大  山内那南

臍すこし淋しくなるやハンモック茨城  秋さやか

八月の匿名性は交番に群馬    霏々

夕凪やこの先にあるダ・カーポ洛星高   乾岳人

ホームベーカリーぐおぐおん短夜松山 ツナみなつ

秒針やビル・エヴァンスの忌の猫背秋田  吉行直人

似たような姿勢で犬と観る五輪東京  小林大晟

みんな会いたいだから会えない梨するり東京外大   中矢温

星入りのゼリー真ん中からくづす済美平成  藤尾美波

氷旗隣の犬の氷服西予    えな

酔芙蓉最近ちょっと痩せちゃって九州大  長田志貫

置くほどに秋の団扇の傷みけり岐阜大 舘野まひろ

あさがほのいちりんふつたやつのかほ長野   藤雪陽

こちら側葭簀挟んであちら側東雲女子大  坂本梨帆

立秋の知らぬwifi拾ひけり長野 DAZZA

唐黍のピラミッドめく荷台かな東京 大黒とむとむ

 【嵐を呼ぶ一句】

放られて腥き月浴びてゐる北海道  ほろろ。

 「言葉」だと思った。相手の生身から絞り出された言葉。包まず響く。放られた言葉にも月光にも、血腥い鉄が香る。それを浴びて、満身に濡れ、相手の存在の深部へ、静かに触れ返す時間。疎通の神秘。さて、真っ青な情報のシャワーを浴びる現代。分かり易さへ傾倒したコトバからは、漂白剤の塩素が臭う。

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