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青嵐俳談

公開日:2021.05.21

[青嵐俳談]森川大和選

 就寝前の絵本の時間。長男は新美南吉さんの「でんでんむしのかなしみ」を望む。殻の中に悲しみが詰まっているのは自分だけではないと知り、私は私の悲しみをこらえていかなきゃいけないと悟る。その向こうに他人を思いやる優しさや愛が生まれると、帯文が添える。四国地方は観測史上最速の梅雨入り。疫禍が収まり、水害のない一夏であることを切に願う。

 【天】

寝ころびて藤の花とはみづの鞘静岡   古田秀

 下五に感服。なかなか言えない。藤棚に垂れる千、2千という房の、一片一片が「鞘」なのだ。流れる水の重みとその透明感を思わせる。棚の木漏れ日も、風に揺れ、うち重なる新緑の濃淡も至福。上五も効いている。この解放感が、作者の把握を自由にさせた。

 【地】

馬珂貝の薄き隙間の涅槃かな北海道 北野きのこ

 バカ貝はアサリより大ぶりで美味。今でも潮干狩りで取れる。砂から採っても、口が半開きのままだからその名が付いたともいう。句は「涅槃かな」の裏切り方が滑稽で技あり。半開きのバカの一生も、悟りと解脱を得るためのれっきとした修行だったのだから。

 【人】

広辞苑みたいに蝸牛重そうな新潟大 綱長井ハツオ

 でんでんむしの殻を広辞苑と喩えた点が新しい。文字と知性が膨張している。それも現代のかなしみだろう。でも、重さを重く、おかしく喩える余裕がある。

 【入選】

春の雷新生児室にぎにぎしい愛媛大  玉本悠真

春昼や純喫茶めく子ども部屋東京  中川裕規

麦の秋稚児の太陽神数多同 武者小路敬妙洒脱篤

排管に折れたクーピー黄金虫沖縄 南風の記憶

だいじょうぶ飛び魚はもう眠らせ今治西高  盛武虹色

つま先で大股虚子の忌なりけり立教池袋高   ずしょ

紫木蓮をんなのやうに枯れてゆく富山  珠凪夕波

鐘供養撞座の蓮を撫でる僧岐阜 後藤麻衣子

たんぽぽや鈴音のする犬の霊宮城    遠雷

ひらかれる戦記の目次へと落花北海道  ほろろ。

やいとばな乾留液のやうな雨神奈川 いかちゃん

春雨やチラシに透ける駐車線三重  森永青葉

夏近し動物園の檻の幅松山   川又夕

ポケットの闇に繋がる春の闇京都大   武田歩

満面の躑躅へ自転車突っ込みぬ福岡    横縞

ダンボール潰す名もなき家事よ霾茨城  五月ふみ

多喜二忌のコーヒー缶を濯ぎけり長野 DAZZA

小満や温泉街のゆでたまご兵庫 染井つぐみ

白椿石けりをする青い靴新居浜    翔龍

鶴引くや花のかるさの燐寸箱東京  早田駒斗

 【嵐を呼ぶ一句】

聖地消ゆ蒲公英の絮靴につく愛媛大   岡部新

 イスラエルの報復攻撃が激化している。三大一神教の聖地エルサレムが消滅するとは思えないが、一般人の被害者も多数。情勢が穏当ではない。「靴」が軍靴に見えてくる。自由の「絮」が、正義に踏まれている。

 

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