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青嵐俳談

公開日:2021.02.26

[青嵐俳談]森川大和選

 ちょうど登校時間に激しくなった。寒の戻りで、雪が積もった。喜んだ男子生徒が中庭に集まってきて、ものの10分で膝の高さの雪だるまを積み上げた。昼になれば、もうそれだけが解け残った。春の雪はすぐに解けて、めっぽう輝く。春一番が間もなく吹く。

 【天】

Kいまだ城へ到らず窓を雪今治  犬星星人

 「K」はカフカの小説「城」の主人公。測量士として城に招かれるも、脈絡のない出来事に翻弄されて、一向にたどり着けない。夢の中を進むような不条理。「雪」は作中主体の時空にも、小説中の「K」の時空に降る。そして、カフカの生前や我々読者の存在する時空の「窓」にも、等しく遍く、しんしん降りしきる。

 【地】

冬晴や銀化の兆す魚の子ら北海道 北野きのこ

 「銀化」が新鮮。川から海へ回遊する魚が、成長途上で海水への適応力を得た際に発現する体色の変化をいう。北海道ならば、サケやマスでなじみ深かろう。空と大地と生命の神秘が息づく自足の無為。

 【人】

氷に上る魚追ひかけアマビエ来神奈川    木江

 暖かさで割れた氷の上に魚が跳ね上がる七十二候の季語「魚氷(ひ)に上る」。その勢いのまま、アマビエの登場を祈る配合の妙。コロナ禍退散の願いが出た。

 【入選】

ブロッコリー茹でるピアスの星ゆれる東京   たっか

春まけて香水つけし自傷跡岐阜大 舘野まひろ

逆転の人差し指に淑気満つ松山    大助

ソビエトをチェスの国たる寒夜かな大阪   ゲンジ

ひかりさす瓦の波に雪の影東雲女子大  坂本梨帆

夕東風や橋を吸い込む舞子台兵庫 染井つぐみ

網膜に早梅あかるくてかゆい静岡   古田秀

嚔をす漫画のやうな理科教師今治西高  盛武虹色

色鳥を微分してみても良いか伯方分校  白石孝成

冬の陽を折り込む地方紙の厚み三重  森永青葉

夜焚火のからだは闇の中にあり京都大    夜行

寒凪や懺悔に透けてゆく身体宮城    遠雷

いい子になりたかった粘土冷たし松山   みなつ

絨毯の手ざはり海の底は砂東京  早田駒斗

ひたひたと心臓探る蔦かずら神奈川 にゃじろう

皃もげしまま飛んでゐる冬の蜂東京  中川裕規

雪解やミシン台から落つレース岐阜 後藤麻衣子

磯竃ジュリアおたあを慈しむ長野   藤    雪陽

 【嵐を呼ぶ一句】

二月十日の海は真っ黒で痛い松山  松浦麗久

 えひめ丸事故から20年。悲しみと怒り。祈り。亡くなった9名の方のことを思う。恐いとか苦しいではなく「痛い」と表現した。作者が胸の痛みとして、自身に引き付けている。宇和島水産高校内に事故を風化させぬ慰霊碑が立つ。その横には「海を恐れず 海を愛し 海を拓け」の石碑も。今も、誰もが恐ろしいだろう。遠洋へ出る子どもたちが、内奥に秘める痛切さ。

 

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