朱欒 しゅらん朱欒 しゅらん

青嵐俳談

公開日:2020.09.23

【青嵐俳談】森川大和選

 食、病。国家、災害。此岸(しがん)、彼岸。命の作品が多かった。死生の尊厳を言葉に出せば、純度を失う恐れを免れない。しかし、そこでかしこまり、黙考するだけでなく、勇気をもって、575の詩形に託し、言霊として清吟する。今週も表現者の営為がある。

 【天】

胃袋に桃の確かさ初期微動静岡   古田秀

つちとつちふまずのあはひみづ澄めり

 胃壁に擦れながら、崩れ落ちる桃の重みが、地震被害を思わせ生々しい。口に残る桃の甘みと芳醇(ほうじゅん)な香りが、日常を過信する人間を風刺している。2句目も天。把握が繊細。表記も効果的だった。感性と技巧の両翼が広がる。

 【地】

家族みな爪の伸びゆく盆休京都  青海也緒

 お盆の爪切りが禁じられたからと読まず、人間存在を象徴する手の、その切っ先の「爪」の句と読みたい。めいめいに先祖が触れたやも。少し死(未来)へ引き寄せられた恐ろしさと、先祖の生(過去)を懐かしむ感慨が、残された者たちの、綱の両端を引き合う。

 【人】

十六夜の野を古代魚のなつかしく神奈川    木江

 中秋の名月を境に、地球の記憶がひもとかれ、循環する時がゼロに戻る時間の位相があってもよいと思わせる。古風な十六夜を、象牙のような硬骨魚類が群泳する。同時作〈につぽんをめくりて管を通しけり〉は無季だが、国家を延命治療の様子に擬人化した力作。

 【入選】

初秋のまりもが溶けませんように松山   みなつ

地下深く隣の客はよく柿食う東京外大   のどか

夕空が横たはりけり川施餓鬼立教池袋高   ずしょ

流しさうめん輪廻の先にあるのは潭関西大未来羽

胃の少し上が痛いと墓洗ふ富山  珠凪夕波

八月を引きずる蟻の餌のごとく神奈川     ぐ

画用紙は端より褪せて月を待つ松山   川又夕

ロールシャッハテストの結果蝉時雨大阪 ぐでたまご

もう森へ行かない運指みるみる露をこぼし静岡  せつじん

葉脈のしづかに滾りゆき銀河北海道  ほろろ。

めんぷひらく婦人科にいくつものまばたき明治大  大西菜生

ゴミ捨ての少女は喪服野分立つ宮城    遠雷

鹿轢いた夜川が静かな夜北海道 北野きのこ

Wi―Fiの接続切れてゐる晩夏松山 久保田牡丹

柚子坊の葉を嗅ぐ犬の事無しび同  若狭昭宏

消毒は死骸のにほひ蟇沖縄 南風の記憶

ドット絵の表情ゆたか針供養秋田  吉行直人

秋高しら抜き言葉は認めるか洛星高   乾岳人

 【あと一歩 青葉のすゝめ】

知恵の輪を組んではずして聖五月今治西高 川又心美

出目金の目は冷えており二百円新居浜    翔龍

 語順を変えるとより面白くなる。初句は「はずして組んで」に。より神聖になる。次句は「二百円」を上五に。金魚すくいのたらい全面が恐ろしくなる。

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