朱欒 しゅらん朱欒 しゅらん

青嵐俳談

公開日:2020.09.04

【青嵐俳談】森川大和選

 今週は戦争の俳句が届いた。〈万物の形を感ず広島忌 珠凪夕波〉は、広島平和記念公園に立つクスやアオギリの樹が生命力をみなぎらせる現在も、原爆投下の閃光(せんこう)も思う。〈原爆忌エコー写真の骨は白 ぐでたまご〉は自身の検査と75年前の被爆者を重ねる。〈終戦忌暴走族の島くとぅば 南風の記憶〉の下五は「島言葉」。暴走する怒りの底に、基地をはじめとする安保問題が関係するか。沖縄に続く長い戦後。

 【天】

自販機の数字揃ひて敗戦日愛媛大  近藤拓弥

琉球朝顔空に弾痕あつたらうか静岡   古田秀

 隠喩の2句。数字が揃うとガコン、と自販機から2本目のジュースが落ちてくる。句の述べ方は明るいが、爆弾投下や突然の無条件降伏を思う。後者の「空」は、例えば加害する敵兵の心の傷のように、間接的な戦争被害者を含む隠喩。無差別爆撃を受けた沖縄の大地から、空へ、生え出した朝顔のたくましさよ。

 【地】

犬洗へさうな雲なり獺祭忌立教池袋   ずしょ

 こんなたとえ方の「雲」はあまり見ない。さっぱりと心地よい。秋が合う。取った魚を並べる習性のある獺(カワウソ)の姿が、泡まみれの犬と相まっておかしい。子規もそんなユーモアを好んだはずだ。

 【人】

揚羽蝶きょうの試験は持込可東雲女子大  坂本梨帆

 上五に切れがある句だが、まるで「揚羽蝶」を持ち込んだようにも感じさせるから面白い。不安を拭い、力を発揮させる勲章めいた存在感がある。

 【入選】

マネキンの腕を盗みて宵の月愛媛大    舞句

腐りゆく桃は瞼の頼りなさ松山西中等   岡崎唯

盲腸の分だけ軽くなつて秋岐阜大 舘野まひろ

色を変え守宮へたへた逃げ回る千葉  正山小種

わたがしの名残ほっそり遠花火宮城    遠雷

ちゃぶ台のどつしりとして鯖の錵神奈川  塩谷人秀

暑いあついエスカレーターがななめ同 いかちゃん

スコールや定規で引かれた線のいとしさ横浜共立学園  岸本和穏

背表紙に並ぶペンギン夏惜しむ今治  犬星星人

夏の果てユニットバスのマーメイド新居浜  藤田夕加

バーチャルの猫と散歩す夏の夜松山   みなつ

蚯蚓這ふ島に女帝の碑の多く洛南高  中城唯稀

仰向けで死せり銀河を抱き締めて松山  若狭昭宏

水槽の色へ移ろふ手長蝦神奈川   とりこ

ヘリに乗る大僧正のサングラス千葉     峻

馬洗う祖父の背中を撫でるよう伯方分校  馬越大知

 【嵐を呼ぶ一句】

ババヘラはその飴がなくなってから秋田  吉行直人

 ババヘラは秋田の風物詩。秋田では親しみを込めて年配女性を「ババ」と呼ぶ。露店のババが金属ヘラを器用に操り、アイスをコーンの上に、大輪のバラのように盛り付ける。瀬戸内の人間にはえたいが知れず、句の響きも恐ろしいが、それがかえっておかしい。

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