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青嵐俳談

公開日:2020.04.03

【青嵐俳談】森川大和選

 転勤を機にクロスバイクを買った。まずは小さなサドルに慣れるところから。脚力も不十分で遠出はできていないが、大路の春へ繰り出したくなる。光り輝く雨後の今治。駅前の並木の目抜き通りを駆け、市役所の船の大きなプロペラのオブジェを曲がり、ドンドビ交差点から商店街のアーケードを抜けて、海へ。まだ風は冷たいが、疾走感が心地よい。ああ、春だ。

 【天】

桜餅宇宙の外は何色ぞ今治  犬星星人

 のんびりとした春らしい見立てでおかしい。中のあんこが宇宙ならば、その外側は桜色でつぶつぶしている。我々は桜餅の中で膨張しているにすぎないのだ。

 【地】

ファスナーの嚙む卒業の雨がっぱ松山西中等  岡崎唯

パーカーにフード重たし春の月星野高 野城知里

 一方は卒業の日の屈託をファスナーの嚙み方に、一方は春月の下、もの憂さをフードの重たさに託した。両者とも感受性が繊細で、モノの把握がよく効いた。

 【人】

しほみづに物言ひたげな浅利かな二松学舎大  本野桜魚

 眼前に実物の浅利。貝がらから伸びだした入水管と出水管の一対が、眼のようでも口のようでもある。でも、どこか寓話(ぐうわ)のようなおかしさがある。春季「亀鳴く」「田螺(たにし)鳴く」と同じ感性。

 【入選】

親指に切り傷のあり磯遊び新居浜    翔龍

春深し手首捕まれ獲物めく松山   川又夕

セイウチのゆだねる水のうらうらと東温  水かがみ

春泥のまだやはらかくセネカの死愛媛大  近藤拓弥

逃水の真っ只中で洗う髪松野 川嶋ぱんだ

ひとりきりぶらんこシニフィエはくずれ秋田    吉行

春昼をにゅにゅっとカスタードの自由静岡   古田秀

歯がすべて切り株となる春の夢神奈川  ふるてい

四桁の市外局番獺祭魚松山  松浦麗久

幽谷の馬酔木の紅やテケリ・リ北海道 北野きのこ

秘密基地守るパイロン春の水松山    大助

春の色は生と死と少しだけ鉄神奈川   とりこ

春雷をくぐり抜けたる鳶かな島根県立大    蹴衣

帰国する神父の傍ら若桜洛星高   乾岳人

かさぶたにボーイソプラノ春の泥宮城    遠雷

雛飾家庭教師を見送る子松山 松本美恵子

後付けの志望動機や飛花落花新居浜 羽藤れいな

天窓に罅空に罅ある昭和の日千葉  正山小種

日に罅の伸びて祝詞や人麻呂忌神奈川    木江

春ひとり首を傾げばぽきと鳴り立教大  あざらし

 【あと一歩 青葉のすゝめ】

繰り返す「媽麻馬罵」あたたかし北海道  ほろろ。

 中七は中国語の発音の四声を練習する初級の定型文句。新学期の学生の姿も見え季語もよいが下五の言い切りが強く、やや損をした。〈あたたかや「媽麻馬罵」繰り返す〉の語順にすれば、何とものどかになる。

 

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