公開日:2020.03.20
【青嵐俳談】森川大和選
兼好法師は「徒然草」の中で、春は家から出なくとも、満開の花を思い浮かべるのが趣深いと述べた。花見をはばかる時世ならば、今春は今春ならではの桜の感じ方を探してみたい。
【天】
夜桜や右肺に影孵りたる北海道 北野きのこ
腫瘍を意識させる苦しい句。その中で「孵る」という動詞が少し明るい。精密検査の前の良性の可能性を残す場面か。象形の似た夜桜と肺(気管支や肺胞)の取り合わせがうまい。人間の肺の中には夜桜が咲き満ちていたのだと驚かされる。春樹には鳥も来るだろう。営巣し、抱卵もしよう。肺の影が雛鳥へ重ねてある句と読めば、生命のありようが重層し、さらに輝く。
【地】
献体のラベルが令和二月尽大阪 ゲンジ
学問の発展のために提供される献体。解剖に臨む医学生だけが経験し得る特殊な視点。だから、その方の亡くなった日が令和以後だという把握も類を見ない。日常の感受性とは切り離し、献体の尊厳に向き合う科学者の理知が「二月尽」の繊細な感覚に宿る。
【人】
学生はそうやって持つアスパラガス東京 小林大晟
ミロのビーナスの失われた腕のように持ち方を想像させる。時にステーキナイフ。時に指揮棒。時に戴帽式のキャンドル。時に自転軸。時に青春の1冊の栞。
【入選】
要確認は赤色付箋春一番松山西中等 訛弟
根号は朧月夜を離さない富山 珠凪夕波
モザイクのごと菜の花の重なりぬ新田青雲 中田真綾
ロボットに小さき核やシクラメン洛南高 中城唯稀
読点にようやく達し二月尽東京 上峰子
春まけて輪廻この度きりとする新潟大 綱長井ハツオ
グーの手の力を抜いてチューリップ東温 水かがみ
ふらここの漕ぐほど鎖伸びゆける東京外大 のどか
しやぼん玉次なる星の遠からじ今治 犬星星人
自己責任といふ強制梅ふふむ松山 久保田牡丹
やはらかな砂ぼこり立つ啄木忌向陽高 美菜
マリンスノーにありし呼吸を思う春弘前高 みかづき
一本締める白魚の飲み切つて北海道 三島ちとせ
夢で見た蝶が死んでゐた 春だ同 ほろろ。
山茶花の蝶のかたちに散りしきる神奈川 ぐ
うららかやぽとんと落としたやうな湖同 とりこ
恋猫にアルファベットの名を充てる同 木江
クロッカス球拾いもう飽きました静岡 古田秀
春雨のぽとそそそとそぽとろろぽ同 せつじん
【嵐を呼ぶ一句】
創青嵐紀 海の水全部抜く愛光高 森島小百合
森島さんは面白い。「創青嵐紀」は造語。一つに神の天地創造を記した旧約聖書の「創世記」を連想させる。一つに「紀」が時代区分ならば、初夏の「青嵐」は、例えばカンブリア爆発の起こった約5億年前の暗喩か。いずれも、海水を抜けば無数の生物種が立ち現れる。本欄への挨拶句とも取れる。現在の、そして将来へ広がる投稿作品の多様性の爆発を歓迎したい。