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青嵐俳談

公開日:2019.11.01

【青嵐俳談】森川大和選

 俳句で「略語」を使用してよいか。賛否両論ある。それをラジカルに促す意図はないが、使わなければ詠みたいものが詠めない場合は、その唯一性を尊重し、表現を新規開拓しなければ仕方ない。型を破らねば、自己を投影できない感性の若者は増えてくる。コトバの世界がその感性を失うことの方が恐ろしい。それが現代と未来の詩の宿命であると直感する。ただし、読者に深く迫るよい俳句でなくては。

 【天】

捨てアカのように家あり寒昴松山  若狹昭宏

 「捨てアカ」は捨てアカウントの略語。会員制交流サイト(SNS)などの余分なアカウントで、一時的な目的を終えるとその後使用されないもの。何らかの理由で、この「家」に待つ現実から逃れたいのだろうかと、驚かされる。心ここにあらず。「寒昴」が嘆息の白さを引き寄せている。冬の大六角形のすぐ外側に輝く寒昴が、玄関先に立つ帰宅者に重なる。

 【地】

ToDoリストの罫線に鳥描いて秋関西大   未来羽

 「ToDoリスト」の俳句は初めてだ。タスクを効率化する昨今の時勢を反映している。しかし、何とも気が抜けていてよい。鳥の表情も散漫なのだろう。

 【人】

仏手柑といへど未練のあるかたち静岡   古田秀

 「仏」の名を持つ果実の反りの中に、煩悩の一つの「未練」を認めた。吟行先で頓知が効いた一句。

 【入選】

晩秋やしがみつくやう太鼓打つ北海道 三島ちとせ

ぎちぎちと夜を鳴らすごと黒葡萄松山西中等   岡崎唯

赤カンナ躰に咳を転がして向陽高    美菜

露草を踏むそれぞれに暗い過去松野  川嶋健佑

轡虫なあ月が四角じやないか福岡  あいだほ

着信を拒否し檸檬を乗せてある広島  竹内桂翠

桃つるり罵詈雑言から逃れられない京都  青海也緒

頰を拭ふやうに桃を剝きにけり愛媛大  近藤拓弥

まへ逢つたときの服脱ぎ今朝の冬松山   川又夕

茹で上げしもやしに一筋の秋思北海道 北野きのこ

アルコールランプの罅や鳥渡る同 ほろろ。

金風や鬨のこだます別子山新居浜 羽藤れいな

鯛焼やマグマに近き海の底長崎大  塩谷人秀

龍淵に潜む変化で勝つ力士秋田  吉行直人

大安はことごとく雨柚子を擦る神奈川     ぐ

式に流れし林檎の幸福論松野 高橋あゆみ

ハム厚く焦土のリリー東京外大 中矢のどか

捨てられし水筒は黒震災忌今治西高    春響

 【嵐を呼ぶ一句】

木菟に喩へよ失意のことならば松山  脇坂拓海

 切れ目のない森羅万象の世界にコトバを与え、概念として意識の明るみへ切り出すように、人生の極限に訪れる「失意」という闇の中へ「木菟」を与え、比喩しがたい情念を一つ解き放ち、忘却する深層心理が感受される。この森には多くの生物がいそうだ。

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