朱欒 しゅらん朱欒 しゅらん

青嵐俳談

公開日:2019.08.30

【青嵐俳談】神野紗希選 

 家の間取り図が好きだ。幼い頃、新聞の住宅展示場のチラシが楽しみだった。ハンモックつりたい、書斎が欲しい、天窓の星空の下で俳句を作りたい。夢の暮らしを思いつつ、散らかる食卓で原稿を書く日々。

 【天】

流星の数n(nは自然数)愛知   五月闇

 数学では、ある数を「n」と表すことが多い。流星の数をnと示して特定しないことで、いくつもの星が流れては消える途方もなさを表現し得た。ひとつ、ふたつ、みっつ…。「自然数」という素朴にして簡潔なありようが、シンプルで雄大な宇宙を組成してゆく。

 【地】

ネモフィラ美し核兵器なくせさう大阪 ぐでたまご

 丘を覆うネモフィラの花の見渡す限りの青を見ていると、途方もなく美しく、こんな素晴らしい世界なんだから、なんでも叶いそうな気がしてくる。きっと核兵器廃絶だって…。否、なかなか叶わぬからこそ「なくせさう」と、人智を超えた力に祈りたくなるのだ。

 【人】

占いのとおりに夏は終わります東京  小林大晟

クリップ工場床に散らばる蛾と蛾の死東京外大   中矢温

 大晟さん、占いによって夏の終わりの不確かさが、夏の終わりによって占いの示した結末が感じられる。温さん、床に散らばるクリップと蛾は、現代アートのよう。「蛾と蛾の死」だから、屍(しかばね)の中に生きた蛾も混じっているのだ。無機質な空間に、命とは何かを問う。

 【入選】

タバコ屋へ吹け八月の応援歌東京家政高  黒崎愛子

匕首の一閃みっしりと夕顔沖縄 南風の記憶

ひまわりや笑顔の裏の秘密とは新居浜 羽藤れいな

蝸牛眉寄せて愛語りたる大阪    大学

音立ててカルビの縮む熱帯夜松山 松本美恵子

マリーゴールド自転車のペダル漕ぐ同   みなつ

溶接の火花チリリ風鈴ちりり茨城    佳山

淋しさや銀河の渦に囚はるる今治  犬星星人

たいようの真下迷子のやうな平泳ぎ松山  脇坂拓海

手紙の捨てかた教へよ月今宵同   川又夕

蟬時雨母はマツチのやうだつた北海道 ほろろ。

アイドルは廻る汗疹はひかない同 北野きのこ

ラムネにはビー玉わたしには心臓関西大   未来羽

檸檬嚙む勇気すら無い恋でした愛知    雷紋

今日は傘要らぬと決めてバナナ剝く洛南高   竹内優

ひたひたと汗やじわじわ検査薬京都  青海也緒

本棚に作る隙間や草田男忌向陽高    美菜

サイダーの缶の転がる爆心地松山東高   武田歩

自販機の景品目当て雲の峰大洲高  岡田真巳

サルビアや燃え尽きぬように翔ぶ魚伯方分校  塩見将門

すれ違う夜の気配の洗い髪松山西中等   岡崎唯

 【嵐を呼ぶ一句】

反転し空蟬の眼に猫の鼻神奈川     ぐ

点滴は脈のはやさや天の川岡山大院   もちお

 意味で説明すると十七音はただの十七音。でも切れを使い意味を抜き去ることで、十七音以上の何かになれる。〈反転や空蟬の眼に猫の鼻〉〈点滴や脈のはやさの天の川〉、「や」を活用すると脈打つ現実が迫る。

 

最新の青嵐俳談