朱欒 しゅらん朱欒 しゅらん

青嵐俳談

公開日:2019.07.12

【青嵐俳談】森川大和選

 もの分かりは良いが、やや受け身。そんな若者が増えている。未来が少し心配だ。創造性を失えば、人は既成概念の一利用者に安住しかねない。一時代の一過性の一概念に閉じ込められぬよう、もがきたいものだ。

 【天】

短夜の星のない海でもがいて明治大  大西菜生

橋に真夏の誰かをわすれてもだめだ明治大  大西菜生

 橋上から身投げした場面にも読めて、胸を突かれる。「海」は闇。吞(の)まれそうだ。人生や世間の隠喩でもある。「誰か」は途中で忘れてきた自己の一部か。少しでも今生への執着が残っていてほしい。もがいてほしい。夜明けの海なら渡り方がある。

 【地】

バンジョーの聴こえしあたり夕焼けて大阪    大学

 バンジョーは、アメリカ南部で奴隷として働かされたアフリカ人が祖国の楽器に倣って作り出したもの。だからこの夕焼けは、アフリカ大陸のそれだ。「あたり」の主観的断定もうまい。夕焼けを引き寄せて、時間と光に濃淡のゆがみを与えた。同時作〈春眠や塔は遥かな影を持ち〉も、夢の中で影が伸び止まない。

 【人】

先生のラ行が眠し扇風機埼玉  さとけん

紫陽花の向こう重機の丸くなる埼玉  さとけん

 意外で面白い。前者はサ行やマ行ならば予定調和。ラ行で正解。首を振る扇風機が、先生の声を見事に攪拌(かくはん)する。後者は「重機」なのに「丸い」と、言えそうで言えない。それとは別の丸みを帯びた「紫陽花」と、色のコントラストが鮮やか。

 【入選】

雨音もあのパヴァーヌや碇星東京家政高  黒崎愛子

ルノワールの裸婦を模写せり巴旦杏京都  青海也緒

雨の日の雨の絵に棲む河鹿かな松山  若狭昭宏

夏の夜明けファットマンとすれ違う同 松本美恵子

持ち上げるやうにたたゐて紙風船福岡  あいだほ

バス停があり蚊を叩く音がする松野  川嶋健佑

南風吹くメロンソーダ色の石鹸済美平成    まを

夏の宵重量として生クリーム愛媛大  細見阿由

海の日や傾ぐ貝殻島灯台北海道 北野きのこ

海の塵吹けば白シャツ青く透く長崎大  塩谷人秀

五月雨や万年筆は夜のいろ名古屋高  塩崎達也

青嵐何もないからここに居る松山西中等   岡崎唯

落し物めくや鳥の巣吊るされて名古屋高   原田駿

夕立が煌めくコックスの少女沖縄 南風の記憶

 【嵐を呼ぶ一句】

酒飲めばキリスト教徒にもなるしキリストにもなる愛知 りんたろう

 不遜で自棄な言葉に驚かされた。酩酊状態の男が放った失言に違いない。だが、そう言う彼は、本当は、本当に神を求めていたのかもしれない。現代の孤独。教会へ行き、洗礼を受ければ、キリストの血肉を象徴するパンと葡萄酒が授けられ、聖変化してキリストに同化できる。「葡萄酒醸(かも)す」ならば秋季。

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