朱欒 しゅらん朱欒 しゅらん

青嵐俳談

公開日:2019.06.28

【青嵐俳談】森川大和選

 愛知県の高校俳句に活気がある。俳句甲子園全国大会出場をかけた投句審査通過7チームのうち3チームが愛知勢。中でも名古屋高校は2チームと傑出した。「蝶」は地方大会の兼題。詠みぶりの多様性がうかがえる。

 【天】

情事とは蝶を捕らへてゐる昏さ名古屋高  塩崎達也

弛びたる蝶の翅脈によるのあと名古屋高    塩崎達也

 大人びた文学性をたたえたい。前者は翅(はね)を挟む親指と人さし指の感覚が際立つ。「蝶」が蠢(うごめ)く。その微かな罪悪感を「情事」のそれと喩えた。作品の語順は逆だがそう読んでおきたい。後者は下五の平仮名表記に技がある。朝になり切らない暗がりの「蝶」の生々しさは、水原秋桜子の言う「文芸上の真」なり。

 【地】

嚙みごたへあるもの並べまむし酒松山   川又夕

土の匂ひ爪のはざまに雨休み松山    川又夕

 前者の酒のさかなはごぼうやれんこんであってほしい。後者は「雨休み」が季語。旱(ひでり)の後の喜雨(きう)の日には、農家は休み、酒に寄り合い、喜びを分かち合った。この土臭い2句が好きだった。

 【人】

ラムネ飲むOBっぽい人と飲む愛媛大  近藤拓弥

 どの学校の「OB」にも名物は付きものだが、今回は「OB」かどうかさえ定かでない。ゆるい雰囲気が学生らしい。作者の人柄の良さが出ている。「ラムネ」で成功。意外に間が持つ。結局は仲良くなれそう。

 【入選】

赤紙が来た青梅が青梅が 長崎大   塩谷人秀

夏草がずっと弾いている怒号兵庫 内橋可奈子

河童忌の背骨の浮き出たる背中今治  犬星星人

蟻潰すくらいの僕がちょうどいい福岡  あいだほ

このリュックに春は大きすぎたようだ今治西高    春響

梅雨の蝶きらり自転をはみだして北海道   ほろろ。

正論に追われ夏野の広さかな松山    奈月

遺伝子の明るし試験管の初夏神奈川     ぐ

炭酸に分裂し消ゆ西日かな愛知   岩のじ

ポケットに黒いワンピースの薄暑松山   みなつ

個室からぬっと海芋と紙袋東京外大   中矢温

からももや電車が君を置いてゆく松山  脇坂拓海

麗かに富士の見えざる岬かな大阪    大学

薄暑光べっこう飴の生乾き埼玉  さとけん

ぢぢぢぢぢ打球音ぢぢ誘蛾灯広島  竹内桂翠

六月のカメラロールに吾が並ぶ金沢大  若林哲哉

冬の雲少女は定義域に入る東京家政高  黒崎愛子

 【嵐】

ランタンが割れて世界が蛾蛾蛾蛾蛾関西大   未来羽

 手法は〈ひとの瞳の中の 蟻蟻蟻蟻蟻 富澤赤黄男〉を想起させる。赤黄男の蟻は兵隊だろう。軍靴が通り過ぎる。蛾も人間の暗喩か。「ランタン」という「大きな物語」を喪失したポストモダンの迷子の我ら。

 

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