公開日:2019.05.10
【青嵐俳談】神野紗希選
季語は反復性と一回性を兼ね備えた装置だ。春は毎年訪れるが、今年の春は二度とない。ツバメは毎年飛来するが、眼前のツバメは一期一会だ。句が反復性を強調すれば安心が強まるが、一回性を忘れた句は文学から遠ざかる。どうせ来年も見られるしと思う桜と、来年は見られないかもと仰ぐ桜の光は違う。一回性とは、私たちが有限の「生」を生きている証なのだ。メメント・モリ。
【天】
雲はこぶ風の速さやコッペパン今治 犬星星人
思春期のマンモスの骨青き踏む中央大 磨湧
犬星さん、雲も風もどこかへ走る。朝か昼かも分からない。ここにあるのは、全てが流れ去り行く無色透明の空間と、素朴なコッペパンだけ。季語がないことで反復性が失われ、一回性の切実をコッペパンが引き受けた。虚飾を取り払った、ゼロの風景。磨湧さん、骨の若さに着目し、私とマンモスの生がぐっと縮まった。長い年月、反復されてきた季節の上に、マンモスが、私が、一回きりの今を生きる。同時作〈チューリップ突然ですが泣いちゃうぞ〉のカワイイ暴力性、〈うららかに今日も明日も星が死ぬ〉の射程の深さ。
【地】
春の雲チェロのくるくるした部分東京 小林大晟
雑巾は置かれて桜蘂降って兵庫 内橋可奈子
小林さん、「くるくるした部分」はヘッドのことか、言い得て妙。チェロは大きいので、抱いて「くるくる」を仰ぐと、その先に雲が見える。内橋さん、雑巾も桜蘂(しべ)も素朴でくたびれて。「て」と繫ぐことで、夏へと移行する途中の変化を描いた。
【人】
燕飛ぶ消しゴム買い忘れていた愛媛大 小泉柚乃
口癖は「知らないけれど」紋黄蝶済美平成 まを
柚乃さん、消しゴムを買い忘れたことで消せない線や言葉たちも、燕の軌跡も、力強く混沌の春を呼ぶ。まをさん、この口癖の人は、知らないことを前置きした上で、それでも一歩、踏み出そうとする人だ。紋黄蝶がなぜ気になるのか、知らないけれど、でも。
【入選】
リハの音漏れてドームの夏近し松山 脇坂拓海
背泳ぎのように白藤くぐり抜け兵庫 藤田俊
五月雨よ五月雨よ!道端にガム松山 みなつ
バス停のミモザの人と目が合った愛媛大 瑠璃
散る花のアダージョ猫は尾を振って松山 コサト
手を挙げて渡る老人きんぽうげ長崎大 塩谷人秀
目の寄れる剝製ふたつ春の闇洛南高 中野葵
革命に似て青みゆく野焼の空伯方高 後藤ひかる
レモン色みたいな春の波の音東温 水鏡
瞳孔に春風入ってきて眠い愛媛大 近藤幽慶
桜蕊降る靴下の縞模様東京外大 中矢温
龍天に登る音なりレンジでチン神奈川 ぐ
閉店の時間に買われミヨソティス松山 若狭昭宏
草生える草生える山頭火かな新居浜 藤田夕加
果汁グミ10%増量夏近し松山 松浦麗久
紐あれば取りあへず引く聖五月同 川又夕
【嵐を呼ぶ一句】
課題曲みたいな春の耳鳴り松山西中等 岡崎唯
発想はいいが調べがいまいち。〈課題曲は春の耳鳴り〉、いっそ自由に独自のリズムを追求するのも一手。