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青嵐俳談

公開日:2019.03.01

【青嵐俳談】神野紗希選 

 2歳の息子が、風呂を「小さな海」と呼ぶ。ブックカバーを「本のお服」と呼ぶ。風呂やブックカバーという言葉を知らないから、自分の語彙(ごい)で何とか示そうとしているのだ。生まれてはじめての何かを見つめるとき、人はその名を知らない。だから手持ちの言葉で工夫し、あれに似ている、これに似ていると自分なりに表そうとする。その言葉の技術が比喩だ。比喩を使うと、見慣れた風景も、未知の輝きを放ちはじめる。

 【天】

モルモット通るほど唇開けて春東京外大   中矢温

 ぽかんと開いた口のサイズを「モルモット通るほど」と形容する人がいるとは! とっぴで楽しい比喩。類想のないオンリーワンの句だ。「唇開けて」の脱力も、眠たい春のほうけた気分が出ている。ポップな滑稽。

 【地】

鳥雑炊笑ひ上戸の家系にゐ埼玉  立花和大

生チョコの砂糖半分冬銀河松山     稀

 和大さんの句、「ゐ」=「居る」の意。素朴な鳥雑炊にも自然と笑いがこぼれるのは、笑い上戸の家系に生まれたからかと、ふと合点した。鳥雑炊の選択が軽妙だし「ゐ」の止め方も小粋。稀さんの句、生チョコにふりかける砂糖の、うち半分は、実は冬銀河のかけらだと発想した。甘く冷たい冬銀河味のチョコ、素敵。

 【人】

風船の狂気を固く括りけり長崎大  塩谷人秀

名の自由性の自由や水温む松山  若狭昭宏

 人秀さんの句、口を結ばず手を離せば、風船は空気を吐きながら狂い飛ぶ。危うさを秘めた風船を堅く括り…遊びに潜む狂気を発見した。昭宏さんは時事を捉えた。夫婦別姓を選ぶ自由も性自認の自由も、私が私であるため、水や空気みたいに大切なもの。春になり水が温むように、理解が社会に行き渡るといい。

 【入選】

彷徨へる南のけもの枯木星今治  犬星星人

昭和より習ひし刺繍春の雪北海道 三島ちとせ

田楽の串食むときの余熱かな松山   川又夕

俎板の鮃と裁判所の我と沖縄 南風の記憶

寒暁や君の笑顔は真か偽か新居浜 羽藤れいな

ガムランやとけあうなみとなつのほし今治    立志

例年と言つても知らぬ冬すみれ済美平成    まを

息白し生きとし生けるものの朝KTC松山  坂本梨帆

月天心誰かを待っていただけ伯方高  仲田彩乃

毒親を語るLINEや草若葉京都  青海也緒

布団から出てドラゴンと対峙する松山   みなつ

白菜は切られて泣けてきて失恋松野  川嶋健佑

白菜は溺死でおりぬ鍋の底同   はにわ

オリオンのかたちに散らばりし音符松山東高   武田歩

 【嵐を呼ぶ一句】

竜巻の顔なるデニッシュ 着膨れ松山大 脇坂拓海

 甘いデニッシュの渦を激しい竜巻と見るのも比喩。カワイイの中の暴走。奇想が詩を生む。ポツンと置いた着膨れに竜巻と私の距離感が出て諧謔(かいぎゃく)も加わった。

 

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