公開日:2019.02.15
【青嵐俳談】神野紗希選
今週は豊作。入選まで「天」レベルの句がひしめく。
【天】
蜂蜜に冬の光を集めたり今治 犬星星人
北窓をふさぐや兄の堕落論今治 犬星星人
うさぎ消えゆく付箋紙の草叢へ今治 犬星星人
3句を貫く静かな喪失感。1句目、蜂蜜に冬の光を集めたのは誰か。能動的な書き方をしつつ主語を示さないことで、人智を超えた力(自然?神?)の存在をほのめかす。2句目、冬支度で北窓をふさぐとき、暗い室内の棚に坂口安吾「堕落論」をみとめた。激烈な思想にひかれた兄の繊細。「ふさぐ」に鬱屈(うっくつ)がこもる。3句目、草に隠れようとするうさぎがプリントされた付箋か、定番の細い付箋の並ぶのを草むらに見立てたか。無機質な机上に風吹く野を幻想するのも、想像力だ。
【地】
眼球の上下左右へ雪が降る松山 松浦麗久
辿り着く露語のサイトの氷湖かな愛光高 kondoh
麗久さん、目をくるくるさせて雪を見るキュートなさまを「眼球」「上下左右」などドライな語で異様な物質感に変換した。眼球だけが雪に浮くシュールレアリスム。同時作〈今朝の雪踏んで汚してコノヤロー〉も突き抜けて爽快。kondohさん、ネットサーフィン中にロシア語表記で氷湖を紹介するサイトを見つけた。「辿り着く」が、サイバー空間の茫漠(ぼうばく)、さまよった時間を示す。これも現代の旅か。同時作〈白夜なり缶づめの中ぬくもらず〉、ドライな発見が光る。
【人】
悴むやホテルの鍵に太き棒金沢大 若林哲哉
木曜日枯葉に抜かれつつ歩く埼玉 葛城蓮士
ほんとなら勝って粉雪に生まれてた広島 須賀風車
哲哉さん、あの棒に注目しましたか。ざっくり言い当てた「太き棒」が明快。蓮士さん、木曜の「木」と枯葉が呼び合う。焦燥と諦念と。同時作〈悴めば分け合ふ咲けば散るやうに〉の身を寄せ合う優しさ。風車さん、〈じゃんけんで負けて蛍に生まれたの 池田澄子〉を踏まえたか。勝っても粉雪、やはりはかない。
【入選】
不細工なくさめ手を繫いで帰る京都 青海也緒
冬虹に勝とうと力んだカラスのカァ新居浜西高 星加萌愛
雪よ語り手のみの役割の我松山 みなつ
闇夜ふと割り入る如くミモザかな同 川又夕
救い上げ流るる芋粥とJAZZ松野 高橋あゆみ
打ち付けて遅るる痛み花アロエ長崎大 塩谷人秀
独白の真中を裂ける落椿松山西中等 岡崎唯
角の家失せてゐる昼永い冬松山大 脇坂拓海
【嵐を呼ぶ一句】
窓越しの雪兎撫づ無菌室沖縄 南風の記憶
隔離された病臥の人へ雪兎を運ぶ人の優しさと、触れられずとも撫でたいガラス越しの外界への渇望と。