公開日:2019.01.11
【青嵐俳談】森川大和選
妻の実家は年末に餅を搗(つ)く。湯で温めておいた石臼へ蒸し布を返すやいなや、湯気の立ち込める間にも、杵(きね)でもち米の粒をつぶし、2人一組の男衆が手早くその原型を作る。餅搗きの年季の浅い私は、原型の状態を確かめながら、一打目は軽く慎重に。杵の重さを利用して徐々に加速し、餅への遠慮がなくなれば本調子。両の拳は杵の柄(え)の中央と一番下を握る。振り上げる時は腹の力。振り下ろす時は下半身の踏み込みを、腰と背へ、肩と腕へつなぎ、拳を握り込んで最後、勢いに落とす。餅切りは妻の特技。五家族の鏡餅と一族三が日分の餅を女衆と子供らが丸めきる。年始の淑気(しゅくき)の中、雑煮椀(わん)から伸びた丸餅が匂い立ち、嚙めば甘みが濃く福々しい。
【天】
聴診器腹を離れて大晦日松山大 脇坂拓海
聴診器の音に医師の仕事納めの感慨を含ませつつ、患者自身の「腹を離れ」る聴診器のひんやりした質感を残す構造。訪問診療を受けた高齢者か、熱が出た急患の子か。その解釈は読者に託されるが、大晦日の実感を取り戻す患者の安堵(あんど)が広がる。
【地】
月光を研ぎ澄ましたる大氷柱松山東高 吉田真文
冬や篆書のシンメトリーな世界KTC松山 坂本梨帆
前者は純度の高い透明な「氷柱」に幻想的な役割を与え、冬夜の鋭さを詩に昇華させた。後者は屈曲した「篆書」が効いた。対称という措辞(そじ)が冬の神秘的な造形を言い得た。大樹とその根を想わせる。
【人】
春待つやグリッサンドの指かろく松山 松浦麗久
「かろく」なので、弦楽器ではなくピアノだろう。グリッサンドが高音へ向かえば雪が降り、低音へ向かえば大地が雪解けに湿る。滑らかさが春の期待感をかき立てる。同時作〈濃く赤くグリューワインの生誕祭〉も面白い。赤はまさにキリストの血肉である。
【入選】
猟銃のヒト科ヒト属ヒトが手に長崎大 塩谷人秀
雲梯の手に摑み取る冬夕焼松山東高 武田歩
行く年をひきとめる手の赤さかな同 小野芽生
大小の手あり七草揃へけり松山 川又夕
チェシャ猫の笑ふまにまに去年今年今治 犬星星人
エルマーとりゅうへ飛び乗る星月夜沖縄 南風の記憶
星のピアスは角が痛いね逢いたいね東京外大 中矢温
くしゃみして力を使い切りしびれ済美平成 まを
ですます体で執筆しても風邪心地広島 須賀風車
煮凝りの眼を取り出すぞ取り出すぞ松山 若狭昭宏
【嵐を呼ぶ一句】
獣道縫ってみかんを摘みにゆく松山西中等 岡田侑楽
運搬用モノレールの復旧が間に合わなかった農家の方々の収穫のたくましさに敬服する。改めて、昨年の豪雨で被災された方々の無念と苦労を思う。