公開日:2018.12.21
【青嵐俳談】森川大和選
〈マッチ擦るつかのま海に霧ふかし身捨つるほどの祖国はありや 寺山修司〉の下の句には、太平洋戦争末期にインドネシアで戦病死した父を恋い、戦後の虚無感を嘆く叫びがある。上の句には、時間の凝縮と空間認識の疾駆(しっく)に酔わせ、火の象徴性を喚起し、避けがたく五感を総動員させる仕掛けがある。
【天】
降る雪は水面へ沖に黒い船松野 川嶋健佑
雪の加速。着水の瞬間。「黒い船」が沖に現出する。近景に焦点を置きながら、かえって遠景を強調する。芸術性が高い。無論、実際の船でも、開国の「黒船」でもよいが、深層心理の強迫観念の顕現と読めば、無意識と意識を往来する巨大な「黒い船」を結像する。今週の投稿作品〈成犬にしては懐いた冬が来た 中矢温〉や〈雲の峰むかし嚙まれた犬のまへ 大学〉も、過去を現在へ引き寄せて重層させる手法が共通するが、挙句は格調の高さが加わり、秀でた。
【地】
押しくらまんじゅう片っぽ脱げた靴二つ今治 立志
七五三あの長いあめがほしかったのに松山 松浦麗久
子供が主役の2句。前者は臨場感あり。「靴」に託した風景の省略が潔い。遊び唄のような俳句だ。後者は着物の華やかさが背景へ退き、幼くも人間くさい千歳飴(ちとせあめ)への羨望(せんぼう)が前面に出た。
【人】
冬木立文明にある字のおこり愛媛大 ベガ
文字のなかった前史では、自然と人間が豊かに交歓していただろう。人間が木を見て「木」の象形文字を生んだ時、その起源に、木もまた立ち合ったはずだ。人為が無為から別れ、不可逆に遠ざかった出来事を、立ち合った木霊は悲しがったろうか。
【入選】
秋の暮れ油性インクの「給食着」島根県立大 毛利菜々
手袋に降りかかる揚げパンの砂糖松山東高 吉田真文
唐獅子の巻き毛のやうな冬帽子今治 有友勇人
引き出しの私を捨ててゆく蕪宇和島東高 板尾真奈美
冬深し手書きの切符は私だけ高知大 若下優帆
月光をガバリと返す鱏の鰭伯方高 村上れあ
大仏の火事なる灰の飛んでくる松山大 脇坂拓海
冬の空猫は雨樋から降りる松山西中等 訛弟
陸上部女子のタータン膝毛布済美平成 まを
打楽器の似合ふ骨格きりたんぽ松山 川又夕
【嵐を呼ぶ一句】
#@や冬の虹KTC松山 坂本梨帆
驚く6字。ハッシュタグはSNS、アットマークはEメールに使う。即物的な記号表記がネット上でつながろうとする現代人の心性を象徴する。だが「冬の虹」が明るく、現代にまんざらでもない満足がある。