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青嵐俳談

公開日:2018.12.14

【青嵐俳談】神野紗希選

 季語はそれのみではただの言葉だが、句に詠めば、実体をもつ生きものとして息を吹き返しうる。〈星雲を蔵して馬の息白し 高野ムツオ〉、白息と闇。背景に冴え冴えと星空が広がる。季語のある風景全体を意識するのも、季語の生きもの性を呼び覚ます方途だ。

 【天】

膝ふたつ浮かべて山の柚子湯かな松山   川又夕

 柚子を浮かべた冬の山あいの露天湯。膝を立てて浸かると、自分の膝も果実めく。「山の」がいい。柚子も膝もごろごろ生きた感触になる。同時作〈しがらみの如きリボンやクリスマス〉、贈り物のリボンを絡みつくしがらみと見て、クリスマスの明るさを反転させた。愛の束縛。焦点を絞って完成度の高い2句だ。

 【地】

焼藷に長短のある建設中沖縄  山田一浪

 「建設中」の着地が決まった。焼藷が労働の風景にごろりと置かれ存在感を放つ。長短という即物的な把握も、荒涼たる現実を思わせて。同時作〈木枯を一円玉へ屈みけり〉は「を」「へ」の助詞の処理が巧み。〈予備校に寒満月のうごかない〉の停滞も苦しい。いずれの句も現代日本の閉そく感を見つめている。

 【人】

討入の日の饒舌な鸚鵡かな松山  若狭昭宏

風花や絵の具チューブを温める済美平成    まを

 配合の距離が絶妙な2句。昭宏さんの句、赤穂浪士討入とオウムの饒舌をつなぐのは、ざわめく空気と波立つ心。年末の慌ただしさも背景に。まをさんの句、冷たい風花と人肌にやわらぐ絵の具、雪の気配とこれから描かれる風景への期待。温度の対比の向こうに人間の体温を感じる、「生きている」を捉えた句。

 【入選】

アドリブの「K」の台詞や小春風大洲高  岡田真巳

ふと家事をストどうにでもなれ聖夜京都  青海也緒

黒猫の横断待つよ枇杷の花松山  松浦麗久

敬老の日のみずうみの深さかな松山東高   武田歩

溜息の石鹼玉を見失ふ松山大  脇坂拓海

冬鳥や皆で希望を引けばよい松山   みなつ

観覧車頂上常に冬ざれて大阪    大学

月白に臓腑晒してゆく魚松山西中等   岡崎唯

神の留守熊野の昼は薄暗し長崎大  塩谷人秀

こなごなに砕けてもなほ紅葉かな八幡浜  浅倉季音

大地踏み鳴らすやビヨンセの聖歌今治  有友勇人

 【嵐を呼ぶ一句】

介護の帰路や背に重き冬の月高知  野中泰風

国境の有刺鉄線冬の月今治    立志

 冬の月は寒く厳しいもの。そこへ「背に重き」「有刺鉄線」とさらに負の言葉を重ねると予定調和になりがち。思いは季語に託し〈冬の月介護の帰路のアスファルト〉と即物的にまとめたり〈国境の有刺鉄線冬たんぽぽ〉と季語を変えベタを回避したり。分かりやすい落としどころを選ばず、言葉を揺らしておきたい。

 

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