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青嵐俳談

公開日:2018.11.02

【青嵐俳談】神野紗希選

 かつてゲームやパソコンの中の出来事は、バーチャルで現実とは別世界と考えられた。しかし、生活にそれらが浸透してきた現代では、画面の中のバーチャルな体験も、私たちの肉体的・精神的感覚を揺さぶる。さらに、バーチャルであるがゆえにリアルだという転倒も起こり得るのだ。時代が変われば、身体感覚も変わる。若者の俳句は、今を全身で受け止め提示する。

 【天】

霞網Enterキーで助けたい松山   みなつ

 霞網は秋の季語だ。目に見えないほど細い糸で編まれた網で、遠くから見ると霞のよう。かつて小鳥猟に使われた。Enterキーはパソコンの実行ボタン。網にかかった現実の小鳥を、ゲームのようにボタン一つで助けられるわけはない。作者も分かっているから「たい」と願望にとどめた。では、現実にこの世界で繰り広げられる大小の殺生に、私は何ができるのか。結局は画面のこちらで、助けたいと思うくらいしかできないのでは。無力さを自覚的に引き受け、あえてバーチャルな価値観にとどまった、誠実な句とみた。

 【地】

ゾンビたち寝ころぶ勤労感謝の日今治  有友勇人

 大人気の映画「カメラを止めるな!」もゾンビがモチーフ。ゾンビを装う俳優か、本物のゾンビか。寝転ぶ異形も己のつとめを果たしているだけなのだ。

 【人】

鰐の尾の砂を引きずる星月夜松山東高   武田歩

秒針は刻み忘れてラベンダー伯方高 後藤ひかる

 歩さんの句、ざらつく砂粒に星々の光のさやかさを対比することで、体をひきずるワニの、生の重量が際立った。同時作〈羊の目開いて朝の霧を呼ぶ〉の人間の介在しない世界が動的に展開するさまもいい。ひかるさんの句、ラベンダーの香に心奪われ時間を忘れる感覚を止まった秒針に託した。夢とうつつの境。

 【入選】

ため息の成分秋の風二乗松山 佐々木汸庵

十月もダリのキリンは燃えてゐる洛南高 細村星一郎

裸木や硬き空へと走る罅今治    立志

革ジャンの銀のボタンの桐一葉松山     稀

向日葵やロックバンドが解散す大阪    大学

五ツ鹿の頭にすすき刺したるを八幡浜  浅倉季音

紅葉且つ散り宇和海がとても青松野  川嶋健佑

王のイスいつもフカフカ粟畑松山大  脇坂拓海

流星やベランダに服落ちたまま済美平成    まを

運動会牛乳のおかわりをする京都  青海也緒

星月夜セットリストのないライブ松山  松浦麗久

 【嵐を呼ぶ一句】

分かれ道平行世界ヒガンバナKTC松山  坂本梨帆

魔術師の虫屋を訪ひし屋敷の子松山西中等  寺田紫乃

 アニメ的ファンタジーの世界観を季語と融和させた鮮やかさ。平行世界も魔術師の虫屋も私たちの隣に。

 

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