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青嵐俳談

公開日:2018.11.09

【青嵐俳談】森川大和選

 十七音は氷山の一角ながら、その沈潜した部分を示唆し、豊かに喚起し、異なる眺望を与える。

 〈あなたなる夜雨の葛のあなたかな 芝不器男〉

 これは現在の松野町出身の彼が大学のある仙台へはるばると赴いて詠んだもので、「ホトトギス」誌上で高浜虚子が絵巻物にたとえて激賞し、彼を有名にした望郷の傑出句である。また横山白虹が彼の夭折(ようせつ)を「彗星の如く俳壇の空を通過した」と評したように、その生涯の存在感を象徴する代表句ともいえよう。

 【天】

枯野通る列車の中に目を覚まし大阪    大学

 「列車の」までは輪郭の曖昧な時空を音もなく望遠させられる。小説の冒頭とも、夢の終わりとも分からない。目覚めても、そこが現実なのか、いまだ判然としない。「『夢』から枯野へ目覚める夢」を見たのかもしれない。劇中劇のように虚実が揺さぶられる。

 【地】

集合は雪のはじまるやうに終へ愛媛大  下岡和也

 雪は降り始めを見せないが、ある時点から一気呵成(かせい)に降り急ぐ。もう集合は終えているはずなのに、これから加速する雪のように、いつまでも人が来続けてしまう錯覚を与える。この混乱に詩がある。同時作〈夕紅葉坂の名前をつけし犬〉の着眼もよい。

 【人】

右側を車に抜かれ星月夜高知大  若下優帆

 穏やかなドライブを楽しみ、星月夜に浸る。その円満を乱す一瞬。遠ざかる赤い尾灯が見えなくなれば、また星月夜と自分だけの世界に戻る。一瞬を詠んで、前後の時空を詠み入れることに成功している。

 【入選】

秋霖や大聖堂のガーゴイル今治  有友勇人

シロクマは沈み流星群の秋松山東高   武田歩

連邦の首脳のやうなひまはりよ松山大  脇坂拓海

訛りなき転勤族の子の踊る松山東高  山内那南

アドリブの多き町長盆踊り松山西中等    海波

石垣の隙間を埋めるごと秋思松山  松浦麗久

行く秋やジップロックは閉じ込める京都  青海也緒

月氷る打てば半音高く鳴る今治    立志

三単現苦手な君よ暮の秋同  上甲啓介

ヘッドライト白し霧に犬吠える島根県立大 毛利菜々

寒影の羽根に頭を入れし鳥松山  若狭昭宏

熊穴に入る捨て台詞すら噛んで同   川又夕

 【嵐を呼ぶ一句】

ネクタイの金の刺繍や鬼貫忌済美平成    まを

 忌日は不即不離で作るべし。鬼貫は金の刺繍と結び付きにくいだろう。鬼貫は江戸中期の俳人で「句を作るにすがた詞をのみ工(たく)みにすればまことすくなし」と言い、禅の影響をうけた素朴な俳風を特色とした。「源義忌」ならば、氏の作風の叙情性と格調に加え、俳壇・歌壇に貢献した業績が光り出す。

 

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